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雪遊び



 夜の間に降った雪が積もり、外は見渡す限り銀世界となった。

 しかし朝陽が昇るとともに雪雲も風もどこかへ去り、光が反射して眩しい程だ。

 

 十ある国立騎士団のうち二つの師団の長であるリチャードは前夜の雪を理由に城へとどまり、昼前まで雑務をこなしたのち帰宅の途に就いた。


「今日はどちらから入りますか」


 今回の補佐役はヴァン・クラークでリチャードの考えていることをとっくに見通していただろう、街中の分岐点前で尋ねる。


 まっすぐ行けばそのまま正門の方へ行くが、ここを左の方へ曲がるといったん郊外のきわへ向かい森の入り口を通り抜けて邸宅の南側の門へ回り込める道行くことができる。

 ここのところ、リチャードは騎士団の仕事に出かけるとだんだんこの道を選ぶようになっていた。


 何もわざわざ回り込む必要などないのだ。

 そして、王妃や母のお気に入りだからと言ってそれにおもねらなくても良いのだ。


 そう思うのに、つい足が向いてしまう。


 元気にしているかを確認するだけ。

 何か不都合なことが起きていないか様子を見るだけ。


 己に言い訳をしながら、リチャードは今日も郊外への道を選んだ。


「左へ。とりあえず…雪の影響を受けていないか見てみないと」


「はい。南側は人手が足りていないかもしれないので」


 クラークはさらりと相槌を打つ。


 さくさくと積もった粉雪の道を進みながら二人の馬の足取りは軽い。


 まるで本妻に隠れてこそこそと愛人のもとへ会いに行く男のようだと。


 頭の片隅で自嘲しながらもリチャードは道を変えなかった。

 時々木々の枝からの落雪を受けながら森を抜け、南の門をくぐる。


 門番たちが別邸への来客を載せた馬車が数時間前に通ったと知らせてくれた。


「ストラザーン伯爵家の馬車なら、カタリナ夫人でしょう」


 弟のクリスは馬で訪れることを知っているクラークが補足説明する。

 今更だが側近たちはみないつの間にか別邸の主と親しくなっているのに気づく。



 視線を敷地の中へ巡らせると一面の雪に覆われた空き地の先にイチイの大樹と二軒の建物が目についた。


 風に乗って笑い声と犬の鳴き声のようなものが耳に届く。


「あははは…。ユス兄さまずるいわ!」


 聞きなれない子どもの歓声に少し馬の足を速めた。

 雪の上には馬車が一台通った跡のみ。

 それをたどりながらついた先はどこかのどかな空気が流れていた。


「これは…」


 別邸をぐるりと囲んだ柵が途切れた門の前で馬から降りたリチャードは困惑する。




 柵の中の奥の屋敷の入り口近くで、ヘレナとクリス、そしてストラザーン伯爵の長男と妹が雪の玉を投げ合っていた。


「姉さん、俺たち年下なんだから少しは手加減してよ」


「そんなこと言われてもこの組み合わせにしたのはクリスでしょ…隙あり!」


 クリスがヘレナの雪玉を避けると、後ろにいた白い犬に当たり、きゃん、と鳴く。


「あ、ごめんなさい、パール」


 雪まみれになった犬はふるふると身体を振って落とし、なぜか嬉しそうにそのままヘレナに突進した。


「きゃ」


「わん!」


 パールと呼ばれた犬は最後に思いっきり跳んで、ヘレナの両肩に前足を付け雪の上に押し倒す。


「きゃあ、ヘレナお姉さま!」


 大型犬の重みで粉雪が舞い上がり、少女は雪の中に消えた。


「――っ!」


 驚いたリチャードはヘレナを助けるために駆け寄ろうとするが、すぐに笑い声が聞こえる。


「あはは、やめてパール、ごめんごめん」


 なんとか雪を踏みしめて近くまで行ってみると、犬は豊かな毛並みの尻尾をちぎれんばかりに降り回しながら、大きな舌でべろんべろんとヘレナの顔を舐めまわしていた。


「こら、パール。お前ちょっと落ち着け」


 確か、ユースタスと言ったか。


 飴色の髪と緑の瞳は父親そっくりだが、顔立ちは母カタリナに似て端正な造りの青年が白い犬の両脇に手を回して羽交い絞めにする。


「…大丈夫か」


 リチャードが手を差し伸べると、仰向けのままだったヘレナは驚いたように目を見開いたが、ふわりと花のつぼみがほどけるような笑みを浮かべ、「ありがとうございます」と素直に小さな指を重ねた。


 引き上げるとゆっくり立ち上がる。

 驚くほど軽い。


「びゃ!」


 どこからか黒い猫が現れて伸びあがり、犬の大きな顔をぱしんぱしんと叩き始めた。

 犬は耳と目をしょんぼりとさせて「きゅう…」と小さく鳴く。


「ネロ、だいじょうぶ…わたしはだいじょうぶだから」





 そんななか、玄関の扉がいきなり開いた。


「おーい。昼飯にしようぜ。ミカが呼んで来いって」


 ごくごく当たり前の顔をして大声を出したのは。


「ライアン…」


 この時間は本邸で仕事に従事しているはずの側近の一人だった。


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