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コール家の三男



「それで。どうしたんだい、今日は」


 三人で少し遅めの昼食を囲むこととなり、バターで炒めたベーコンとほうれん草を浮かべた長ネギのポタージュを配りながら、ミカはコールに話を振ると彼はらしくなく息をのむ。


「あ…」


 受け取ったスープボウルをテーブルに置いてから、深く息をつき、思い切るかのように細い頤をあげた。


「実は先日、ライアンがヘレナ様の五年前の件を私に話してくれたのですが」


 歯切れの悪い物言いに、ヘレナたちは話の要点をうっすらと察する。


「ああ…。クリスがちょっとホランド卿に突っかかってしまった時に色々喋ってしまったことでしょうか。すみません、お耳汚しで」


「いえ。そういう事ではないのです。ただ、私の中で色々考えを整理している時にふと、思い出したというか…。そうですね、蓋をしていた記憶がよみがえってきたのです」


「蓋をしていた…ですか」


「はい。実は。説明が長くなりますが、聞いていただけますか」


「もちろんです」


 そんな二人にミカが割って入った。


「ああ、ちょっと待った。まずは腹の中に詰めてからにしようか。料理が冷めちまう」


 テーブルの上にはポタージュスープの他に肉と炒め野菜をあわせたパイ包み焼きとオレンジ果汁とミルクのプリンが食欲をそそる香りを放っている。


「そうですね。ミカの心づくしは一番おいしい時に食べないと」


「これは失礼しました。申し訳ありません、ミカ殿」


「いいってことよ。さ、食べよう」


 彼らの足元ではネロとパールが待ってましたとばかりに皿の中に鼻面を突っ込んだ。


「前に少し話しましたが、私も叔父のバーナードもスペアとして作られた婚外子です」


 食後のコーヒーの香りとぬくもりが合図となり、コールが口を開く。


「偶然ですが、叔父の時は次男が病気で早世、私の時は…落馬で。命は助かったのですが傷が深く不自由な身体となったため、田舎に隠して…」


 もう生きていないという事か。


「ああ。お貴族様あるあるだね」


 正妻は何らかの理由で次の子どもが産めず、代わりに低位貴族の女性との間に子供を作った。


「私の父も兄もそれぞれスペアの私たちが気に入らず、事あるごとに様々な嫌がらせを行いました。しかし私たちがゴドリー侯爵家の使用人となることで一応歯止めとなり落着したように見えたのですが」


 何があったのかは知らない。


 ただ、継母である正夫人はウィリアムを地の底まで落としたくて仕方がなかった。


「そんななか十数年前に、真夜中に歓楽街で大火がありました。娼館が一軒全焼したのです。名は『水の花』という店で、商人から中級貴族の通うところだったと聞いています」


 火事の翌朝、まだ火がくすぶるなか、ウィリアムは正夫人の子飼いの者たちに拉致されその焼け跡の前に放り出された。


 待ちうけていたのは、予想にたがわずコール夫人だった。


 無残な姿で横たわる遺体の一つを蹴り飛ばして、ウィリアムに見せる。


『ほらご覧。お前の母親の末路よ』


 その女性は。


 煙に巻かれて亡くなったのか全身真っ黒にすすけていたのを夫人がわざわざ水をかけて顔を露わにさせ、後ろ手に縛り上げたウィリアムの頭を掴んで『よく見るのよ。なんて醜い顔なのかしら。ふふふ』と満足げに喉を鳴らした。


 その女性は顔の半分が赤く爛れて目も塞がっていた。


 おそらくは熱湯か薬物で焼かれたのだろう。


 着せられていた服や荒れた手足の様子から掃除など最下層の仕事をさせられていたことが想像できる。


「これが身の程知らずの末路…。神様はよおく解っていらっしゃる。なんてお似合いの最期だろう。お前もいずれこうなるのよ!」


 人目もはばからず高らかに笑う姿に、ウィリアムは凍り付いた。


 がれきの山の、いくつも折り重なる黒焦げの遺体の山から見つけ出したことも。

 火災が起きるなり駆け付けたであろうことも。

 そして人目もはばからず、届け出では己の息子となっている自分を罪人のように後ろ手に縛ったまま貶めていることも。


 これで、コール家の三男は娼婦の息子だと周囲に知らしめた。


 なんという執着だろう。

 なんという恨みの深さだろう。




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