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一蓮托生



 ガシャ――ン。


 繊細な造りのティーカップをテーブルから勢いよく払い落とした。


「あり得ないわ!」


 粉々に砕け散った陶器と紅茶が大理石の床に広がり、侍女たちが慌てて駆け寄り惨状を清め始める。


「なんてこと…。ほんとうに、ありえない、そんなこと……」


 興奮のあまり、ふーっふーっふーっと薔薇色に塗られた唇からふいごのように息が強く吐きだされた。


 ドロテア・ヴェラ・アビゲイル伯爵夫人。


 武器商人の父と夫に愛され、思うままに美と贅沢を極める貴婦人としてこの国では有名だが。


「まさか、あの年増ブスがまた妊娠するなんて、ありえないわ!」


 目は血走り、口元は歪んで、肌の色はどす黒く、有り体に言えば魔物と化している。


「まあまあ、ドロテア様。落ち着いてくださいな」


 コンスタンスはゆったりと向かいに座って、優雅に紅茶を嗜んだ。


「あの暗い地味女なんかのどこがいいの? もうすぐ三十も半ばになるというのに」


 ぎゅっと手の中のカードを握りつぶしてドロテアはわななく。


 二人きりのお茶会の最中に宮中に送り込んでいる者から火急の知らせが届き、開いてみると王妃の側近であるフィリス・モルダーが妊娠しており国王夫妻から祝いの品を拝受したと書かれてあり、ドロテアは発狂した。


 フィリス・モルダーはナイジェル・モルダー男爵の妻で、十年ほど前に七歳年下のナイジェルの激しい求愛に落ち、双子を含めすでに五人の子を産んでいる。


「なんで…なんでよ……」


 ギリ…ギリ…ギリ……。

 無意識のうちに綺麗に整えられた親指の爪を噛み始めた。


 ドロテア曰く、フィリスは黒髪に暗い色の茶色の瞳で平板な痩せぎすの身体の女で、陰気な顔立ちなのだそうだ。


 カタリナ・ストラザーンのような国一番の美女に負けたならまだ諦めもつくが、自分より格下の女をモルダーが愛を捧げることに我慢できないという。


 月光館で上級娼婦であったころ、客の取り合いは日常茶飯事だった。


 女は、自分の男が伴侶に選んだ相手より自分の方が秀でていると思った時、現実を認めることが出来ず、ライバルに対する憎しみが幾重にも増していくことが多い。


 自分もその一人であることは認めよう。


「と言っても、たとえ絶世の美女であっても許しがたいと思うのよね…」


 コンスタンスの独り言も、フィリスへの憎しみでいっぱいになっているドロテアの耳には届かない。


 おそらく彼女の中で自分こそがモルダーの真の最愛の妻で、フィリスは偽物、もしくは浮気相手のようなものなのだろう。


 そんな心根のドロテアだからこそ、コンスタンスもこうしてこの席に座っているのだ。


 なんにせよ、今、ドロテアが怒りのあまり罪を犯してしまうのは非常に困る。

 このまま放っておくと、恋敵に危害を加えようと立ち上がり、あっという間に『天罰』が下ってしまう。

 とりあえず彼女の怒りを全て受け止め、落ち着かせることが先決だ。

 そう思った矢先。


「ねえ…。コンスタンス。貴方。私とは一蓮托生だという事、忘れていないわよね?」


「はい?」


「私があそこに連れて行かなかったら、貴方、全身にあの呪いの痣が植え付けられたかもしれないのよ。赤毛の騎士をいたぶって殺そうとしたから」


 目を見開いたままのどこかぼんやりとした様子でドロテアはコンスタンスに笑いかける。


「それは…」


 ドロテアがあの妙なまじない師たちの所へ連れていかれたせいで今の自分たちは更なる呪いに縛られているというのに、恩着せがましい女だ。自分ならリチャードに頼んで高位聖力者に消してもらうことも可能だったかもしれないのに余計なことをという不満が頭をもだげるが、口に出してはならないことは長年の経験からわかっており、コンスタンスは黙り込む。


 娼婦上がりのコンスタンスには社交界の中心にいるドロテアの力が必要だ。情報網、人脈ともになくてはならないものだから、彼女と仲違いするわけにはいかない。


 ドロテアの家族がリチャードの地位を利用しようとしているのと同じように。


「ええ…。そうですわね。今の私はドロテア様のおかげですわ」


 全てを腹の中に押し込めて。

 目の前の女を死なせない方法を思いめぐらせる。



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