冬の訪れ
本格的に冬となった。
日のさす時間が短くなり、窓から冷気がじわりとしみこむ。
最初の頃は一階の自室で寝起きをし、早朝に家畜の世話をしたのち朝食を食べ、タピスリーを織っていたヘレナの生活はものの数日で変わってしまった。
「憑依型だから仕方ないのかねえ」
作業の途中で気力が途切れたのかその場に横倒しになり、近くにある毛布をかき集めパールの腹に丸めた背中を預け小さな獣のように埋もれて眠るヘレナを毛布ごと抱き上げて長椅子に寝かせる。
目覚めたパールは当然のごとくそのそばでまた腹ばいになり、ネロはヘレナの毛布の中に潜り込んだ。
壁際に設置された頑丈な機材を上から下までつくづくと眺め、織り上がっている部分に目を止めた。
破れた自分の服を繕う以外で糸に触れたことのないミカには、機織りなんて想像できない。
しかしヘレナはやはり尋常じゃない作り手なのだと思う。
クリスと決めた図案は規模が小さいと言えど十分複雑なものだった。
そこから設計図を起こし配色を決め使う緯糸を用意し機材を設置し全ての経糸を綜絖に通したのち、間違うことなく様々な緯糸を木針で縦糸に通していく。
様子を見に来たマーサ曰く、タピスリーはとても手間のかかる仕事で、ヘレナの手先はもはや神業どころではないのだそうだ。
近くのイーゼルに掲げられた絵もほとんど見ることなく、ヘレナはひたすら指を動かし続ける。
そして、微かな声で何事か歌い続けるのだ。
静かな部屋に響くのは、垂れ下がる木針たちが時折互いにぶつかる乾いた音や糸が通る音そして不思議な旋律の歌。
そんなヘレナにパールとネロは寄り添い、時にはミニミニミニ族がやってきて背中を撫でる。
なんて不思議な光景なのだろう。
まだ幼さの残る小さな指先と手のひらがわずかに光を発して見えるのは、その手際の速さゆえなのか。
先日ライアンのイヤーカフを収納する小さな袋をヘレナが作って渡した。
気分転換に縫ったと言うが、その表面には小さなローズマリーの枝と豆粒に目と口が付き手足が生えている不思議な姿が刺繍されていて、おそらくこれこそ彼女が夢の世界で観た『ちょこっと族』に違いない。
あとでやって来たシエルがそれを手に取り入念に調べた結果、その袋に入れて携帯していても魔道具の術が発動しないばかりか、存在が隠され、更にライアンへの加護が倍増されるだろうと告げた。
以来、ライアンは以前よりここに入り浸って食事をしていくばかりか、毎朝早くイヤーカフを装着して家畜の世話をするようになったせいか、肌艶が良くなっている。
食事作りもクラークが仕事の合間に突然現れ下準備を手伝ったりもして、要するにミカの仕事は増えたようなそうでないような微妙なところだ。
もちろんコールも食事はほとんどミカの作った物を摂っているが、執務が多忙なことと、叔父の件は解決したわけではないので、本邸からあまり離れられない。
そして、三階の転移魔法陣を利用して最も頻繁に出入りしているのが―。
「このままだと身体に良くない。俺が運ぶ」
赤い騎士服を着た過保護な男だ。
「…まあ、そろそろあんたが来る頃かなと思ったから、とりあえずそこに寝せたんだよ」
「そうか。じゃあ寝床はもう支度できてるんだな」
「アタシを誰だと思ってるんだい。有能護衛兼侍女のミカ様だよ」
「そうだな。失礼した」
二人はにやりと笑みを交わした。
ヒルが毛布とネロごとヘレナを抱き上げると、パールも目覚めてぴすぴすと鼻を鳴らす。
「パール。ご主人様と下へ降りよう」
くうんと一声小さく鳴き、ふぁさふぁさと尻尾を振りながらヒルに従う。
熟睡しているヘレナを寝室へ抱えて降りて、きちんと寝台に横たわらせるのが彼の仕事となりつつあった。
不思議なことに、任務上不定期にやってくるというのにヒルはヘレナが寝落ちしている時に必ず現れそっと運ぶ。
波長が合うのか何なのかわからない。
なんにせよ、寝台でまとまった時間睡眠をとったのちのヘレナから疲れは見えず、内心ミカは安堵している。
時にはヘレナの寝顔をほんの少し眺めてすぐにとんぼ返りをするヒルに、感謝の気持ちを込めて食べ物を持たせるようにした。
そもそもこの男。
転移魔法にめっぽう弱いのだ。
もはやこれは体質なのだろう。
いつも到着してすぐは顔色が悪い。
それなのにこうして通い続けてくれること自体、表彰ものだろう。
「ちょっとは奮発しないとね」
ヘレナとネロを抱えて細心の注意を払って階段を下りる大きな男の背中に眺めながら、ミカはいま厨房にある料理を思い浮かべ何を渡すか思案した。




