青いベロニカと青リンゴのプディング
『はわ』
気が付くと、ヘレナたちのそばに『おきもち』が立っていた。
そしていつの間に起きたのか、パールとネロも一緒にちょこんと座って姉弟を見上げている。
「あ……」
そんななか、一生懸命『おきもち』は話しかけてくる。
『はわわ はわわ はわ はわはわ』
【くりす さびしい め とけちゃう】
彼はぺしぺしとクリスを軽く叩いたのち、片手を頭のてっぺんへやった。
『はわ はわん』
【げんき だして】
生えている青い花の茎を思いっきり引くと、ぼこりと音をたてる。
「え? ちょっと…」
クリスが慌てて声をかけるがお構いなしに『おきもち』は頭頂部から花を引き抜いた。
『はわ』
つぶらな瞳でクリスを見上げ、花を差し出す。
ぷらんと茎の下の根っこが揺れ、驚いたのかパールとネロがびくりと身体を引く。
『はわわ はわはわ』
【どうぞ あげる】
ふるりと濃い青の花弁が揺れた。
「ああ、この花はベロニカ…オックスフォード・ブルーかしら」
ヘレナが隣から覗き込む。
「クリス」
姉からの声にはっと目を見開いたクリスは、おずおずと手を伸ばした。
「ありがとう。頭、痛くないの『おきもち』」
『はわはわ』
頭頂部が少し崩れて穴の開いた状態でふるふると頭を振る。
「でも、僕のためにありがとう。大切にするよ」
クリスはしっかりと花をもち、もう一方の手で彼の頭を撫でた。
『むふー』
『おきもち』は満足げに目を細める。
「あ、そうだわ。そろそろプディングが焼ける頃なの。ちょっと待っていて」
突然、ヘレナが両手をパンと合わせてその場を走り去った。
ぱたぱたと階段を駆け下りる音がだんだん遠ざかる。
「…なんか、すごいシュールなんだけど」
ライアンは小さく呟き、椅子に背を預けた。
白い犬と黒猫も一様にふうとため息をつき、その場で丸くなった。
「お待たせしました。」
ヘレナとミカがトレイに色々載せて戻ってくる。
焼けたアーモンドと砂糖の香ばしい匂いと青リンゴの酸味や卵の香りが同時にサンルームいっぱいにただよった。
「イプのプディングです。温かいうちにどうぞ」
ガラスの型に敷き詰められ焼かれたプディングを大きなスプーンで切り分けてすくい、それぞれの皿に移す。そしてピッチャーに入れておいたカスタードソースを回しかけた。
「…いただこうかな」
ライアンは湯気が上がるプディングを一口、そっと舌にのせる。
散らされたスライスアーモンドと砂糖が香ばしいパリッとした表面と、バターの風味の効いたスポンジの柔らかさと、底の煮崩れた青リンゴのとろりとした甘酸っぱさ、そしてカスタードの卵黄のうまみが合わさって絶妙な味を醸し出していた。
「ふわふわと、トロトロと、甘酸っぱい甘いね。うまい」
「ふふ。ありがとうございます」
満足げに笑いながら、ヘレナは椅子に座り直した『おきもち』のそばに立ち、プディングを大きくすくって口に入れてやる。
彼は大きく開けた口をぱくりと閉じて、こくりと飲み込んだ。
『はうう…はわはわはわー』
目を見開いて声を上げると、ぽん、と、また頭頂部に花が咲く。
そよと、青い四枚の花弁をつけてベロニカは『おきもち』の頭に生えていた。
彼の頭は穴も崩れも消え、何事もなかったかのように修復されている。
「ああ、やっぱり。新しい料理をお出しするのが一番かなと思ったの」
ほっと胸をなでおろすヘレナに、ミカは「最初、なんのこっちゃと思ったんだけどさ。なるほどね」やれやれと笑っていた。
クリスも腫れた目元もそのままに、照れくさそうにプディングをほおばる。
彼のそばには水を入れたグラスがあり、ベロニカが生けられていた。
まるで花がクリスに寄り添い見守っているかのようだ。
「びゃおう…」
腹ばいのパールの背中に乗ったネロもやれやれといわんばかりに鳴いた。




