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いるんだかいないんだか



「へえ…。タピスリーってこうやって作るんだ」


 器材に経糸をかけていく作業を手伝いながら、ライアンはぽつりと言う。


「これは母から受け継いだものなのでこの形ですが、土地や年代によって色々違います。それに今回は小さいからこの規模で済んでいますし」


 ヘレナは糸を手繰りながら使い方も説明した。


「え…。ということは、本番になるともっと大きくなるってこと?」


「そうなりますね。おそらく一階のホールか、この間作って頂いた家の広い壁がある場所でしか作業できないでしょう」


「うわあ…。大変だ…」


「そう思うなら、姉の邪魔をしていないでご自分の仕事に戻られたらいかがですか」


 のほほんとした会話に割って入ったのは、冷たい声。


「クリス…」


 長期休暇をヘレナと過ごすため寄宿している弟に手伝ってもらいながらタピスリーを織るための準備作業を行っていると、ややふてくされ気味のライアンが現れて、手伝うと言い出して今に至る。


 なぜここにいるかと言うと、昨夜突然三階が騒がしくなったかと思うとライアンがひとりでよろよろと降りてきた。


 先日のお茶会のあと、いったんリリアナに連れられてホランド領へ戻ったのち、魔導士庁へ放り込まれ、さんざん調べ尽くされて嫌気がさしたところでエルドに泣きついてこの別邸へ転送してもらったそうだ。


 エルドは魔導師の中でもひときわ秀でているが、どういうわけか転移魔法に関してはからきしだ。


 何も知らないライアンは解放される喜びに意気揚々と転移の魔法陣に立ち、術が始動する瞬間に見た弟子たちが憐れみの表情の理由を、彼は身をもって知ることとなった。


 その後男子専用宿泊所へと家具の配置が戻った応接室の寝台に倒れ込んで朝を迎え、ミカに叱られながら起きて朝食を平らげ、宿代がわりに家畜の世話をしに行く彼女の後ろについて外に出たのだが、色々とやり込められたのか拗ねてヘレナの元へやって来たというわけだ。


「そんな、冷たいこと言わなくていいじゃないか…。俺たち親戚だし、親がいるんだかいないんだか解んないもん同士、仲良くしようぜ」


 ライアンの両親は他界したが、養父母と名付け親は健在で、ヘレナたちに至っては一応生きているかなと言う程度認識しかない父親が遠くにいる。


「いるんだかいないんだか解んない者…。たしかに…」


「納得しないで、姉さん」


 クリスに窘められ、ヘレナは肩をすくめた。


「それで、なんで貴方はここにまだいるんですか。目の鼻の先に仕事先も宿舎もあるというのに」


「それ、さっきミカにも言われたけど。なんかさあ。行きたくないわけよ。心の整理がついていないって感じ? 主が従兄ですよとか言われてもさあ」


「あ、すみません、ライアン卿。右手のそばにある糸を降ろして頂けますか」


 ヘレナは作業モードに戻っている。


「はい。ほらね。俺いま役に立ってるじゃん。この中でいちばん背が高いし。三人でやった方が早いって」


「それは…」


「クリス。ライアン卿の仰るとおりよ。早く今日予定をこなして、お茶にしましょう?」


「そうそう。ほら、クリス、足元の糸巻き、俺に寄こして」


「まったくもう…。わかりましたよ」


 三人の様子を廊下から眺めていたミカは腰に両手を当て、やれやれと大きく息をついた。



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