【閑話】報いと救いを
暗い。
どろりと濁った暗闇の中、男はひたすら石まじりの硬い土をつるはしで掘り続けている。
カーン…。
カーン、カーン…。
いったいどれだけの時間が経ったのかわからない。
ここは陽の光が刺さない地底の、底の底。
男に課されているのはこの硬い土のどこかに潜む特別な石を掘り出すこと。
がしゅ…。
異音と同時に手ごたえを感じ、男は地面に膝をついてその場所を手で掘り始める。
冷たい土。
指に当たる尖った小石。
おそらく手はぼろぼろだが、彼は作業をやめることはない。
「あった…」
淡く光るそれは球体で、まるで呼吸するかのようについたり消えたりしている。
丁寧に掘り出したそれを両手に乗せ、そっと宙に差し出した。
すると、様々な色の光を発しながらふわりと浮く。
ちかり、ちかり…。
瞬きながら、ゆっくりと球体は天に向かって上がっていき、やがて消えた。
「…よし」
男は額に感じる汗のようなものを拭い、また地面につるはしを当てる。
カーン…。
彼は昔、高貴な身分に生まれ、多くの人に傅かれ生きてきた。
人ならざる力を持ち、己の思うままに駆使した。
そして、多くの人を害した。
その報いを今、受けている。
男が掘るのは人の魂。
彼に殺された人々の魂が地中に埋まっている。
男は全ての魂を掘り出して天に還すまで、この世界から解き放たれることはない。
それが、死した男に神が下した罰だった。
カーン、カーン、カーン…。
いったい幾つ掘り出したかなんて数えていない。
何十、何百、いや千に届くかもしれない。
戦いで奪った命はいったいどれほどあっただろう。
戦士だけでない。
その地に住まう人々も多く巻き添えに命を落とした。
ただひたすら掘り続け、手にした魂に詫びる。
すまないことをした。
来世が平穏であることを願う。
誰なのかはわからない。
ただ、自分のせいで生きられなかったということのみ。
カーン…。
また新たな魂を見つけ、丁寧に取り出す。
白く、儚げな光。
ゆっくりと放つ光は、優しく手のひらを温めてくれた。
なぜか涙が流れてくる。
ぽろぽろと、男の頬を涙が伝っては落ちた。
「すまない…。すまない…。ほんとうにすまなかった。私が愚かなせいで…」
涙は魂の球体に当たり、濡らしていく。
ふいに、球体が彼の手から離れた。
「あ…」
寂しいという気持ちが芽生え、思わず手を伸ばす。
あっという間にはるか遠くまで上がっていった球体が突然強烈な光を放つ。
光の強い力はまるで刃のよう。
全身にそれを浴びた男は崩れ落ちた。
しばらく気を失っていたのだろうか。
瞼にやわらかな光を感じて目を開く。
「ああ…ああ…。そういうことか…」
周囲を見渡すと、自分は広い草原に倒れていた。
重苦しい闇はもうどこにもない。
立ち上がり、ゆっくりと息を吸う。
草と、花の。
爽やかな香りと風が男を包み込む。
「あれが…」
最後の魂。
そして。
「旦那様」
振り向くと、離れた場所に美しい女性がいた。
彼女は小さな男の子を抱き、その足元には男の子と女の子がぴたりと掴まって立っている。
そのさらに後ろには見覚えのある若い女性と、中年の夫婦らしき者たち。
そして、七頭の竜たちと豆粒のような小さな精霊たち。
「だんなさま」
花が開くように彼女が笑う。
男は、彼らに向かって走り出した。




