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ぼうぎょまほう れべるに


「いたたたた…。母さんひどいよ」


「…まったく。げんこつでないのを感謝しなさい。この状態で最初に言うことがそれなの? あんたのそういうところが今まで教えなかった理由よ。ほんっと信じられないわ!」


 だんだん怒りが増してきたのか、リリアナはライアンの耳をつまみ上げた。


「うわ、いたた…。勘弁してよ、かあさん~。俺、もう二十五なんだよ?」


「二十五でこれなの、情けなさすぎるわ!」


 二人とも完璧な貴族の装いなのに、すっかり十歳の男児と堪忍袋の緒が切れた母の図だ


「なるほど、これがサルマン名物『残念度マックスのフォサーリ』ですね。いやあ、間近に見れるとは」


 呑気な感想を述べるモルダーに、ライアンは涙目できっと睨む。


「なんだよ。そういうあんただって、その顔はまさにフォサーリだろうが!」


 すると、パンパンパンとモルダーがゆっくり拍手する。


「その通り。俺は君の曾祖父…故フォサーリ侯爵の末の妹が祖母という、もうどういう間柄なのか説明しづらい関係なんだけど、間違いなく親戚だね。それを言うなら、カタリナ様が君の父であるミカエル様の従妹だし、ヘレナとクリスは従弟の子と言うわけさ。混乱しているかい? ちなみに俺は昔から知っていたけどね」


「そうね。私も本邸で高飛車な態度を取られた時、ああこの子って、私が名付け親だったのよねと思ったわ」


 ライアンの正面に座っているカタリナはアルカイックスマイルを浮かべるが目が笑っていない。


「私の中では生まれたての赤ん坊の貴方の印象が強いから、あらまあ何度もおむつかえてあげていたあの子がねえ…って」


「あの時は、大変失礼しました。改めて謝罪させてくださいっ」


 ライアンはテーブルに頭をぶつけんばかりに叩頭した。


「てっきりペネロペ・ヒートリーかアリス・クーガンか、エルシィ・リッターが生みの親で、ハンス・ブライトンが父親とばかり思っていたので、まさかこんなこととは…」


「ああ…。そんなことを、お前ときたら…」


 リリアナは物憂げにつぶやく。


 長期休暇の間に退学した令嬢たちのうちジュリアと親しかったことで知られており、下世話穏な噂がまたたくまに広がった。

 数年経って噂も下火になったうえに、ジュリア・クラインツ公爵令嬢は絢爛豪華な挙式を自国と嫁ぎ先と二度にわたって行っており、ミゲルの満足げな態度から公女は本当に療養していたのだと周囲は納得した。


「彼女たちは確かに生家から除籍されたから、勘ぐられる要素はあるのだけど、全員それぞれしっかりした人と家庭を持って幸せに暮らしているわ」


 事の次第を聞いた少女たちの親がすぐに連絡してくれれば、クラインツ側として対処のしようもあったかもしれないが、発覚した時には既に三人とも除籍された後だった。

 救いはどの家も決して見捨てたわけではなく信頼のおける家臣の養女に出し、その後も見守っていたことだ。

 もちろんマリアロッサたちも定期的に彼らの様子を調べ、必要な時には密かに援助している。


 ただ。

 噂だけはいつまでも残ってしまった。

 ある夏に高位貴族の令嬢が美しい青年にたぶらかされて全てを台無しにしたらしい、と。


「まさかまさか、よりによってお前があの下世話な噂を丸のみにしていたとはね!」


 今度は脇腹をつねられたらしく、「いたたた。そこ痛いって、母さん!」と末っ子は叫んでいる。


「まあまあ。リリアナ様。お怒りはほどほどにしておあげなさいな。それにしてもさすがですわね。ライアンを入れて七人の息子を育て上げただけのことはある」


 マリアロッサが上品に笑いながら止めに入った。


「申し訳ありませんわ。せっかくゆだねてくださったのにこの子ときたら、領地で鄙にも稀なとちやほやされてすっかり天狗になって鼻持ちならない様子だったので、根性を叩き直すつもりで王立学院へ放り込んだら、さらに令嬢たちに持ち上げられてのぼせ上って…」


「え。そんなことだったの」


 ホランドの家族たちとはあまりにも似ていない上に、幼い時に口さがない人から『貰われっ子』と指さされてしまった。そのせいでリリアナたちとは血がつながらないことと両親がすでに他界している事を早いうちから教えねばならなかった。


 それからのライアンが自分の出自を夢みる子供へと変わってしまったのは仕方のないことかもしれない。


「そうよ。都会へ行けば才色兼備な貴族たちに叩きのめされるだろうと期待していたのに、甘やかされてますます馬鹿息子になって…。だから決めたのよ。お前の性根が治らない限りは出生の秘密はお蔵入りだと。ホランドの金庫に誓約書もあるわ。私とお父さんもいつ死ぬかわからないから」


「え、ちょっと…ちょっと待って。この年まで知らされていなかったのって俺のせいなの?」


「その通りですわ。全員一致で」


 カタリナが深く頷き、リリアナははっと鼻で笑う。


「だって、俺って貴公子、お前ら下民~って調子に乗りそうでしょう。実際、俺、リチャード様のご側近~って態度でヘレナ様にも接していたそうじゃない。母さんは知っているんだからね!」


 びしっと指さして決めつけられ、ライアンはがっくり肩を落とした。


「ああもう。叱られてばっかり…」


 すっかり萎れるライアンの様子に、ヘレナは少し焦りを感じる。

 自分が話したかったのはそういうことではない。


「ライアン卿。不快な思いをさせて申し訳ありません。この件をお話しするかをマリアロッサ様たちに相談し、全てをお話しする頃合いではないかと決断してくださいました。私たちは、貴方はたくさんの人に愛されて生まれ育ち、今も大切にされていることを知っていただきたいのです」


 いつも彼を見ているとなんとなく、寄る辺のない子どものようだった。

 冷たい物言いをしたり、捨て鉢に享楽的なことに身を沈めたり。

 色々な顔があって一貫性がなくて。

 少年少女の夜遊びの末に生まれ捨てられたと傷ついているからなのではないかと思った。


「貴方とミニミニミニ族がすごく相性が良いのは、おそらくジュリア様と親しかったちょこっと族の心が彼らの中に宿っているからだと思うのです。だって、ライアン卿。貴方だけですよ、彼らから加護を受けたのは」


 ヘレナに指摘されて、ライアンは手の甲を見る。


「そういえば…。あの豆粒みたいなの…思い出した。スーさんと呼びたくても舌がうまく動かせなくて…。すーしゃんって…」


 そう言った途端、ライアンが見つめる先がいきなり強烈な光を放った。

 皆驚いたが、坐したまま時を待つ。


「な…」


 光が消えてライアンが己の手を持ち上げてみると、金茶色の文字が浮かび上がっていた。


『ぼうぎょまほう れべるに』


「は?」


 横からリリアナが覗き込んで爆笑する。


「あはは! まああ良かったわねえ、ライアン。それってきっと『すーしゃん』からのご褒美よ」





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