五枚の刺繍
「これは、もう一人の私が幻燈をみてすぐに縫ったものの再現です」
マーサの許可が下りて最初に縫った。
あの時とほぼ同じように仕上げられたと思う。
「ガブリエラ様と侍女、ミカエル様のご両親とお兄様、そしてこちらがミカエル様で向かいにいるのが逃走の手助けをした魔道具師です。私は彼らが一つの家族になれますようにと願いました」
デフォルメをかけて愛らしい雰囲気にまとめているため、彼らの身体的特徴はせいぜい髪と瞳の色程度。
「次はこちらです。ミカエル様が生きていたなら、こうだっただろうなと。想像です」
簡素な服を着た少年が野原に胡坐をかき、組んだ足の間に赤ん坊を座らせ不思議そうにのぞき込みながらも口元は笑みを浮かべている刺繍。これは少し写実的な雰囲気に作り上げた。
「そしてライアン卿が生まれた頃のご令嬢たち」
こちらも野原に座る三人の少女。
キタールを奏でるカタリナ、ライアンを抱いて笑うジュリア、歌うマーガレット。
こちらも系統的には一枚目と似た雰囲気にまとめた。
「それから、リチャード様も関わりがおありでしたので…」
お腹の大きなジュリアと背後に寄り添うマーガレット、そしてジュリアのお腹に手を伸ばすリチャードと彼を抱いているマリアロッサ。
腰から上のやや写実的な構成で縫い上げた。
「最後になります。ガルヴォ家の皆様の幸せを願いました」
大きな空色の布には七頭の竜たちが舞い跳んでいる。
一番大きな黒竜の背にはミゲルが乗り、それに寄り添うように飛んでいる竜にはジュリア、そして次の三頭には男の子、女の子、男の子の順に小さな子供が乗っている。
さらにマーガレットと思われる女性が乗った竜、最後は背の高い男とがっしりした女性が相乗りしていた。
布の端には四十七人のちょこっと族たちが手をつなぎ、家族の空の散歩をぐるりと囲んでいる。
「亡くなられた皆さんが違う世界で、生き生きと空を飛んでいたらどんなに楽しいだろうと思ったのです。竜たちのその後はわかりませんが、いつかみんなで巡り合えたならと」
ミゲルはジュリアを振り返り、ジュリアはミゲルに笑いかける。
子どもたちもマーガレットも竜たちも生き生きとした表情だ。
アベルを命がけで守ったマレナはきっとこの先も護衛につく気がする。そうなるとオリはついて来るだろう。
そんな世界を夢想した。
「最初は一枚目と五枚目だけのつもりでしたが、つい欲が出て三枚追加してしまいました。そのせいで皆さんにお出で頂く日がこの日となりました。もうしわけありません」
我を忘れて縫い続け、気が付くと何日も経っていた。
さらに多忙な人々を呼びつけてお茶会を開くなんて恐れ多いことだろう。
「ガブリエラは…元ビセット侯爵夫人ね。ロッセリーニ国から嫁がれた信心深く上品な方だったわ」
マリアロッサが一枚目の刺繍に目をやり、懐かしそうに語る。
「そうですわね。素敵な方でしたわ。妾の子とその息子は教養も何もなく、賭博と遊興で侯爵家の財産をまたたくまに失い、使用人や女性に対する暴行と殺人が判明し重い刑を受けたの。ガブリエラ夫人の死後一年もたたずにビセット家は取り潰しになったけれど」
リリアナも親交があったらしく、深く頷いた。
「そうだったのですね…」
ヘレナの相槌に、マリアロッサが言葉を続ける。
「殺された人の中に、ガブリエラ夫人を看取った侍女がいたの。エダと言う名の身寄りのない没落貴族の子で、母娘のように寄り添いあっていたのを覚えているわ。まさか、ミカエル・パットと繋がっていたなんて思いもしなかった」
「…私は後になって父に聞きました。ビセット父子がブライトン家にガブリエラの首飾りを返せと怒鳴りこんできたと。それで父たちも誤解してしまった。ミカエルは孤独な老人を篭絡して高価なものを手に入れたと…」
カタリナが額に手を当て、苦しそうに息をつく。
「ハンスがミカエルはそんな人じゃないと必死に否定していたけれど…。私にはどちらが正しいかなんてわからなかった。彼の『ご学友』たちはすでにとんだゴロツキだったから」
一度ミカエル名義の伝言を受けて向かった場所で『ご学友』たちが待ち構えていたこともあった。マーサたちのおかげで事なきを得たが、そのせいでカタリナはミカエルと距離を置いた。
しかし、今なら解る。
あれはミカエルが仕組んだことではなく、彼らがミカエルの名を騙ったのだと。
「私は、ミカエルに謝りたい。でもそれは無理なことね」
ミカエルは知らないままだが、実は彼をブライトンの跡取りに据える話も出ていた。
ハンスよりかは見込みがあると祖父は考えていたからだ。
全てを打ち砕いたのは、母アザレア。
彼女から生まれたことをどれほどおぞましいと思ったことか。
「あの…。ちょっと混乱しているので、一つお尋ねしても良いですか」
ライアンがそっと手を挙げた。
「どうぞ。いくらでも答えるわ」
マリアロッサが頷くと、ライアンは己を指さしてこてりと首を傾ける。
「あの…。要するに俺って…。公爵家の落とし種? ってことですか?」
すかさずリリアナが結構な力で息子の頭に平手を落とした。




