とわずかたり
「…そのようなわけで、菓子作りに励む私と、幻燈を見る私、そしてどちらでもなく二人を見守る私の三人に分かれたわけです」
コーヒーや紅茶の香りの漂うなか、ヘレナは夢の世界で起きたことの始まり部分を説明する。
「実に興味深いですね。老師もこの話は是非聞きたかったことでしょう」
魔導師二人が深く頷き合う。
「普通は『呼ばれて』行くところでしょうから、ヘレナ様たちが突然現れたことにあちらも驚かれたのではないかと私は思います」
「更にそのとうもろこしの粒など食して『戻って』こられたのも稀有なことですね」
シエルとハーンからの言葉にヘレナは頬に手をやり、ちらりとクリスを見ると、弟の目がすわっていた。
「やはりそうなのですか…」
先日もだが、これは怒っていると感じる。
「冥王がかどわかした娘にザクロの粒を食べさせて帰れなくさせた神話がありますものね。それでヘレナ様。そのとうもろこしを爆ぜさせた菓子って美味しかったのですか」
「はい。それはもう初めての食感で、綿の実っていうか…」
「申し訳ありません、ご歓談中失礼します。…ねえさん」
リリアナの質問につい勢い込んだヘレナをクリスの低い声が制す。
「今日明日、ここに泊まることにしたから。色々、僕に釈明すること、ありそうだよね?」
「クリス…。ええと。…ハイ、ソウデスネ」
かっくんとヘレナは首を縦に振る。
蛇に睨まれた蛙、という言葉が頭をよぎった。
「ホランド伯爵夫人。無礼をお許しください。姉に悪気がないのは解っていますが、残されそうになった身としては、それをあっさり口にしたことは許しがたいので」
無礼と知りながらあえて目上の人との会話に割り込んだ理由をつまびらかにして丁寧に詫びると、リリアナは唇に指先を当ててにこりと笑った。
「あら呑気でごめんなさいね。考えてみたらクリス殿が怒って当然ですわ。ヘレナ様はみっちり弟君に叱られねばなりますまい」
くすくすと笑いながら、カタリナを見つめる。
「なかなか。良い息子さんを得たわね、カタリナ様」
「はい。自慢の子どもたちです」
カタリナはゆるりと笑みを浮かべ、ヘレナへ助け舟を出す。
「クリスの気持ちも分かるわよね、ヘレナ。ところで菓子作りをしながら観たという、その幻燈の話をするために貴方は茶会を開いたのね」
「はい。これはブライトン子爵家とフォサーリ侯爵家、そしてライアン・ホランド様も巻き込んだ話なので、一堂に会した方が良いと思ったのです」
そのために根回しをマリアロッサとカタリナに頼んだ。
「俺…に絡む話?」
ライアンはきょとんと目を丸くする。
まさか、自分の名がここで挙がるとは思ってもいなかったのだろう。
リリアナを見ると、変わらぬ表情で頷く。
「私は、昏睡状態になる前の日にマリアロッサ様からこの家で療養生活を送った二人の少女の話をお聞きしていました。彼女たちの名前は、ジュリア・クラインツ公爵令嬢と、マーガレット・ゴドリー侯爵令嬢」
その名を口にすると、まずリチャードの表情が動いた。
二人の記憶が呼び覚まされたのかもしれない。
コールとクラークはおそらく貴族年鑑で知っている程度だろう。
じっと話に耳を傾けてくれている。
「それぞれマリアロッサ様の妹君とベンホルム様の妹君で、年のころも近く、二人はすぐに打ち解けて優しい日々が始まったのです…」
ヘレナは昨夜まで何度も何度も読み返したノートを思い浮かべる。
何時間かけても語り尽くせないあの話を、取りこぼしがないようノートに書きつけて、そして簡潔に伝えるための文章を考え続けた。
これだけ鮮明に記憶にあるということは、デラたちは伝えて良いと思っているからだ。
そしてそれこそが使命のようなものなのだとも思う。
ヘレナは語る。
高貴な家柄生まれながら孤独な二人の少女の事を。
そして、竜を統べる血筋を引いた男、ミゲル・ガルヴォの本能に引きずられた愛と、周囲の思惑と策略。
家族との不和に悩み続けるジュリアとミカエル・パットが出会ってしまい、一夜を共にしたこと。
子どもが生まれ、ブライトン家が特定されて詫びを入れ、カタリナがこの家へ訪れるようになったこと。
名前をカタリナがライアンと名付け、すぐにリリアナ夫人が引き取ったこと。
マーガレットの死とジュリアの結婚。
ジュリアが嫁いだエスペルダ国で苦労をした末に子を産んで亡くなったこと。
エスペルダで起きた様々なことと、ホランドへの急襲、やがて末の子が亡くなりミゲル・ガルヴォもこの世を去ったこと。
そして最後にミカエル・パットの物語。
「私は。誰もが…幸せになって欲しいと思いました。生前は様々なことがありましたが、違うどこかで皆さんが笑っていたらどんなにか良いだろうと」
ヘレナは数日かけて刺繍したかずかずを取り出し、テーブルの上に置いた。
「どうしても刺繍しておきたくなったのです。私の願いを」
ゆっくりと一枚目を開く。




