ゴメンナサイしよう
目覚めると、朝陽はとっくに昇っていて、大変なことになっていた。
「…ええと。おはよう、ございます?」
起き上がると驚いたことに、ヘレナの寝室にはミカとマーサだけでなく、カタリナ、マリアロッサ、クリス、シエル、ハーン、更にはモルダーとヒルまでいて、広めの部屋と言えどかなりの圧迫感がある。
しかも寝台の上でパールとネロがヘレナを挟んで腹ばいの状態で熟睡中だ。
「…全く。三日ぶりのおはようだよ」
両手を腰に当てて、ミカが深々とため息をついた。
窓辺にはナイジェルの鴉がちょこんと止まってこちらを見ているし、さらに窓の外も何やら騒がしく、鶏や家畜たちの気配を感じる。
「三日…ですか」
そんなに経ったのかと一瞬驚いたが、三年や三十年、いや目覚めることなく息絶えてもおかしくなかったのだろうと心の中で思う。
あの場所は、そういうところだ。
「あの…」
ヘレナの両頬がほっそりとした手に包まれた。
少しひんやりと冷たい。
「…良かったわ。起きないかと思ったのよ」
枕元の椅子に座っていたカタリナがいつになく頼りない声でヘレナの顔を確かめるように指先でそっと撫で、額と額をくっつける。
「心配したの。エドゥインもユースタスも、アグネスも。昨夜ここに来たわ」
「ベンホルムも、リチャードもね」
隣にいたマリアロッサもヘレナの頭を撫でた。
「ご心配をおかけして、申し訳ありません…」
「ああ違うのよ、ヘレナ。謝って欲しいのではないの。ただ、みんなで勝手に気をもんだだけの事よ。家畜たちですら、この部屋の前から離れようとしなかったわ」
カタリナが慌てて言葉を重ねると、窓の外で呼応するように家畜たちが騒がしくなった。
「あら…まあ…」
目を見開くヘレナの頬に音をたてて口づけし、カタリナは微笑んだ。
「シエル殿やミカから、先日似たような状況になったことがあるし、フウとライも『交渉する』から大丈夫と言われたけれど。大切な娘のことですもの。そばにいたかったのよ」
「ありがとうございます。…お母様」
「『お帰りなさい』、ヘレナ。誰かさんのヤキモチがとんだことになったわね」
カタリナがちらりと黒猫に視線をやると、ネロの耳がぴくりと動いた。
覗き込んでよくよく見ると、うっすらと目が開いている。
どうやらばつが悪くて寝たふりをしているらしい。
「ネロ。私と一緒に、みなさんにゴメンナサイしましょう」
「………」
ネロは寝具の隙間に頭を突っ込んで隠れたつもりだ。
『わん!』
目覚めたパールがヘレナを飛び越えてネロを追いかけた。
『くうん』
パールがネロの首を咥えて皆へ向ける。
全身脱力状態でぬいぐるみのようにだらんと足と尻尾を垂らしたネロは、しおしおと萎れた様子で『びゃう…びゃうびゃう………び…』と鳴いた。
「まあ、謝ってるんじゃないかい?」
ミカの助け舟を合図に、ヘレナはパールからネロを受け取る。
「みなさま。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。そして、私たちのことを心配してくださり、ありがとうございます」
ヘレナは今一度、部屋にいる人々へ頭を下げた。
腕の中でネロも『び…びび……』と呟いた。




