ガブリエラの家族
ヘレナはざっくりと方向性を考えてから下書きなしに縫い始めた。
人物はめったに刺繍で表現したことがない。
主に花や小動物といった程度だが、出来る気がした。
布の大きさは正方形でハンカチよりは大きくスカーフほどといった具合か。
角を上下左右のひし形に置き、一番上に二人の女性を描く。
椅子にくつろいだ様子で座り紅茶を飲む白髪の老女、ガブリエラ。
その左隣にはティーポットを持って控える彼女の忠実な侍女。
右の下の方には三人。
編み物をするミカエルの母と、かせ巻きの毛糸を両腕に広げた兄のトビーとそれを巻き取る父を三角の形に配置する。
そして左下には端座する魔道具師。
彼の膝のあたりにチェスボードがあり、それを挟んで向かいにはゆったりと腹ばいになって思案顔のミカエルがいる。
最後に四隅をガブリエルの装身具で囲んだ。
ヘレナはその細工の一つ一つを思い浮かべ、できるだけ正確に再現する。
最後に下の部分に祈りのメダルを少し大きめに配して出来上がった。
そして布の縁の始末のために猛烈な速度で飾り縫いし始めると、何故か三人の悲鳴が聞こえたような気がするが、ヘレナはもくもくと手を動かし続けた。
どうかどうか。
ガブリエラ、長年仕えていた女性、ミカエルの両親と兄、最後の慈悲を与えてくれた魔道具師、そしてミカエルの七人が家族となり、ずっとずっと幸せでありますように。
勝手な想像だ。
いや、ヘレナの願望であり、妄想だ。
子どもと夫に恵まれなかったガブリエラに家族を作りたかった。
誰もが互いに笑いあってのんびりと暮らして欲しいと願った。
彼らはヘレナの親類も同然だ。
苦しみも悲しみも忘れて生きて欲しいと。
願いながらひたすら糸と針を動かした。
そして、最後のひと針が終わる。
「………。できました…」
ほう、と息をつくと、うびゃんと黒猫が鳴いて頭を強くヘレナの腰に擦り付けた。
【ヘレナァァァ~】
びゃうびゃう鳴いてネロはくねくねくねくねヘレナの周囲を歩き回り、全身を塗り付ける。
「ごめんなさい。待たせちゃったわね」
【ウワアアーン ヘレナ ヘレナ ジャ ナクナッチャウ ト コワカッタ~】
びゃんびゃん鳴く情緒不安定な黒猫を抱き上げ、背中を撫で続けた。
「あらあら…。糸仕事をするとどうしても集中しちゃうから…。寂しかったのね」
「あらあら…って。まあ。本当に貴方みたいな子、初めてよ。なんなのよ、あの恐ろしい仕事っぷりは。本当に十七歳なの? 七十七歳の間違いじゃなくて?」
デラは出来上がった刺繍を両手で広げてうなる。
「貴方、ガブリエラの侍女が亡くなったのをどうしてわかったの?」
「ああ、亡くなっておられたのですね。ただ単に、彼女はガブリエラ様にお仕えするのが一番幸せだったのだろうなと思っただけです」
「…まあそのとおりね」
彼女はミカエルを送り出した後、自分たちのモノだと皮算用してた高価な装身具が公正な遺言で他人へ形見分けされたことに腹を立てた継子たちに腹いせで殺された。
あまりにも無残なのでデラたちが見せなかった部分だ。
「まるっとみんな、ガブリエラの家族ねえ…」
あの魔道具師も身寄りがなかった。
「うん、素敵ね。ところでヘレナ。これは私たちが貰っていいかしら」
「もちろんです。私はただ縫いたかっただけですから。ああ、なんだか今はすごくすっきりした気分です」
「ふふふ…。そうなのね。ではヘレナ。貴方はここでひと眠りなさいな」
デラがヘレナのつむじに手を当て、そのまますっと瞼の上に落とす。
「ネロと一緒にお眠り」
「は…い……」
ネロを抱きしめたまま、ヘレナはゆっくり伏した。
いつの間にかヘレナとネロの身体の下はふわふわの羽根布団のようなものに変わっている。
二人は目を閉じてあっという間に穏やかな寝息を立て始めた。
柔らかな白布をかけてやり、デラはしばらく上からじっと眺める。
「まさかねえ。こんなところであの子の血縁に会うなんて思わないじゃない」
そこへノラとロラもやってきて覗き込む。
「あの子って、あの、ドワーフ好きの…」
「そうそう。逆面食い…」
「因果だわねえ」
「面白いからいいけれど」
三人は、深い眠りに落ちた少女と黒猫を囲んで座り込み、しばしじっと見つめた。




