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【閑話】ミカエル ⑫ ~捕縛~


 

 ミカエルが捕まったのは数日前のこと。


 ガブリエラの生まれ故郷はカナレットと言う国で首都に有名な大聖堂がある。

 とても信心深い国であちこちに聖人と関わりの深い場所があり、内外ともに聖地巡礼が盛んだ。

 なのでミカエルはサルマンから旅立つ巡礼者たちに交じってカナレットを目指すことにした。


 認識阻害がどれほど通じるか未知数なのでかぶれる症状が出る草木にわざと触れ、顔と手指を爛れさせて巡礼服に身を包んだおかげか、フォサーリ領を無事通過でき、エスペルダ国も順調に進んだ。


 しかしあと少しでカナレットの地を踏める、と言うところでミカエルは捕らえられた。


 突然全ての効力が無効となり本来の姿へ戻ってしまい、驚く間もなく拘束してきたのは黒ずくめの騎士たち。


 誰かが、竜の公爵の…と叫んだのが耳に残っている。





「寝てんじゃないわよ」


 氷水を頭から浴びせられた。


「おらおら、起きろよ!」


 今度は腹に容赦ない蹴りを入れられ、かはっと胃液を吐く。


「きったねえなあ。王子様って女たちに呼ばれていたのによう」


 げらげらと笑いながら、今度は拳で頬を殴り飛ばされる。

 また、歯が折れた。


「――――」


 うっそりと顔にかかる髪の隙間から見上げる。

 体中をしたたり落ちるのは水なのかそれとも。


「なんなのよ、その目…。あんた、自分の立場がわかっていないようね」


 今この地下牢にいるのは数人の騎士姿の男たちと、一人の若い女。

 いや、おそらく三十歳になるくらいか。

 上位騎士であろう制服を身に着けた女。

 それが一番残虐で執拗だった。

 なんせ、この女は回復魔法が使えるらしく、ミカエルを痛めつけては治療し、また痛めつけるを繰り返していた。

 この女は変態だ。

 主の命令という建前で、大っぴらにミカエルを好きにして楽しんでいる。


「ああ、そうだ。イイものを手に入れたんだった。すっかり忘れていたわ」


 にたりと女が嗤う。


 上着から取り出しミカエルの目と鼻の先でちらちらとかざして見せたのは一つの装身具だった。


「それは……っ」


 ガブリエラのものだ。

 魔道具師に金の代わりに渡したはずの。


「ああ、やっと面白い感じになったわね。なんでここにこれがって思ったでしょう。まずサルマンであんたを探していたら継母の遺品を横取りされたってブライトンの門の外で騒いでいる男たちを見かけたから、奴らの目当ての首飾りを探したけど見つからなくて。そうしているうちにあんたらしき小綺麗な男の足取りが消えたのが東の街って情報が上がって、ピンと来たね。その高額な首飾りを担保に何か魔道具の一つでも買ったんだろうってね」


 あの魔道具師を知っている者なら、ミカエルの思惑など看破できる。



「そしたらあっさり見つかるじゃない。なんせローブの中で首から下げてるなんて間抜けもいいとこよね。」


 耳障りな高い声で女は笑う。

 そばにいる騎士たちの顔も同様に肩をゆすって笑っていあっているあたり、彼らもその場にいたのだろう。


「馬鹿な男。あんたがこれと引き換えに何を依頼したのか、あんたがいつ出てったのか、どこへ向かったのかも、最期まで口を割らなかったわ。尽くした男に嵌められて落ちぶれた魔道具師のくせに、またあんたなんかのために死ぬとか、ほんと馬鹿ね」


「………」


 ああ…。

 あの魔道具師は。

 自分に関わったばかりに殺されたのか。


 ミカエルは目を強く閉じた。


 彼は追放されたとはいえ相当な実力を持っていたはずだ。

 命が付きて、姿変えと認識阻害の効力が無効化されたのだろう。


「後生大事に肌身離さず身に着けるとか、気持ち悪い…。まあおかげで国境であんたを捕まえられたんだけどね」


 じゃらりと装身具が揺れる。

 ヘマタイトを一つ、外したままにされていた。

 上位の魔導師ならミカエルの耳に嵌めた石を追跡することもおそらく可能だ。


「さっさと吐けば、命くらいは見逃してやったのに」


 互いに名前を交わすことなく別れた男。

 彼が何歳なのかなぜあのような暮らしをする羽目になったのかも話さず。

 ただ、野良猫が二匹、冷えた路地裏うずくまって体温を分け合っていたようなあの数日。


「ばかなことを…」


 ミカエルのことなど、放り出せばよかったのに。







「何か話したか」


 石の階段を下りてくる靴音がした。

 そして黒づくめの騎士服だが明らかに格の違う男が現れ、ミカエルで遊んでいた騎士たちはいっせいに壁際へ引いた。


 この男が。

 ミカエルを捕らえるよう命じた主か。


 精悍な顔立ち。

 漆黒の髪と瞳。

 背は高く胸板も厚く威風堂々とした姿に『竜の公爵』という言葉を思い出す。


 おそらくは、エスペルダ国の翼竜騎士団の総帥で最も力を持つ公爵家の当主、ミゲル・ガルヴォだろう。


 しかし、自分がなぜこの男の逆鱗に触れたのかが思い当たらない。



「ハンス・ブライトン」


 近くまで歩み寄った公爵は低く囁く。


「お前は、その名をかたって女を犯した」


 言うなり、裸の足の甲に剣を突き立てた。


「――――っ」


 ミカエルは唇を噛んで悲鳴を押し殺す。


「…ほう? ごろつきのわりにはいい根性をしている」


 剣を引き抜かれ、ミカエルは意識を手放しそうになる。


「バレリア。会話がしたい。回復させろ」


「はい。ただいま」


 あの女がいそいそとやってきて、まるで聖女が施すような仕草でミカエルの傷を癒す。

 とんだ茶番だ。


 ちらりと女の目を見た瞬間、中心の色に違和感を覚えた。

 何かが、潜んでいるような。


 しかし公爵に顎を掴まれ、視線を変えさせられた。


「お前の相手は私だ。ミカエル・パット。わざわざエスペルダへやってくるとは飛んで火にいる夏の虫そのままではないか。愚か者め」


「…申し訳ありませんが、仰る意味が解りません」


 そのまま殴り飛ばされて床に転がる。


「なぜだ…なぜこんな男と。ジュリア…」


 まるでモノを言わぬ人形を相手にするかのようにミゲル・ガルヴォはミカエルを激しく殴り蹴り上げた。


 騎士団の頂点に立つ男から受ける暴行は部下たちからのそれはまだ可愛いものだったとミカエルは頭の隅で思った。


 ジュリアと言う名に心当たりはない。


 このまま今度こそ死ぬのだろうと意識を失いかけて、また引き戻された。


「まだだ。まだ。お前の口から真実を聞かぬうちは、死なせぬ」


 瞼がはれ上がっているからなのか、ミゲルの顔も良く見えない。

 しかし、失くした歯が元に戻っている。

 今度は辛うじて話せるようにあばら骨と口の中だけ治したのか。

 指一本動かす気力はすでにない。

 ゆるゆると答えた。


「おれはしらない…」


 髪を掴まれ持ち上げられる。


「お前は、この夏。サルマンの都で仮面舞踏会へ行った。そして、そこで十四歳の令嬢を犯したはずだ」


「かめん…ぶとうかい…。そんなの………なんどもいった。いちいちおぼえていない」


 苛立つミゲルにそのまま揺さぶられた。


「ハンス・ブライトン名義の小切手を使って最も上等な部屋を六室借りて、友人たちと女を連れ込んだだろう!」


「ああ…」


 言われて思い浮かぶのは。

 ふわりとした金の髪、高貴な青石の瞳。

 リリー。

 寂しがりやの少女。


「確かに悪酔いした子がいたから介抱した。だけど、あんたに関係のない女だ」


 無性に反発したくなった。

 吐き捨てるように答える。


「お前! 閣下になんという口の利き方を!」


 女騎士が叫んだが、ミゲルが手を挙げて黙らせた。


「なぜ、そう言い切れる」


「…質は悪くないが流行おくれで趣味の悪いドレスを下手くそな縫い方で調整してあった。しかも、安っぽい香水と化粧品の匂いがこってりとついていた。だから平民向けの貸衣装屋に出入りする身分の娘だ。公爵閣下の知り合いとはとても思えない」


「つまりお前は、身分の低い女だから、その趣味の悪いドレスを脱がしてベッドに押し倒し、妊娠させたと?」


「………は?」


「お前が特別室へ連れ込んだ女性は、数日前に出産した。お前にそっくりな子供をな」


「ちょっと…。待ってくれ………」


「ジュリア・クラインツ公爵令嬢。お前が子を産ませた令嬢の名だ」



 真実とは。

 残酷で。


「ああ…。そういうことか………」


 ミカエルは喉を震わせ、やがて声を上げて笑った。




 

 



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