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臣下の領分


 衣装を改めた主君を導き、コールは別邸へ向かう馬車に同乗する。


「そういえば、ライアンはどうした」


 馬車が動き始めてようやく気付いたようで、「何を今更」という思いをコールは飲み込んだ。


 秘書という位置づけであるライアン・ホランドは、従者のヴァン・クラークよりもリチャードのそばに侍り、様々な手助けをしている。

 実際、執事であるコールよりも近しい関係だ。

 そんな彼がこの騒ぎの中にもかかわらず、全く姿を現さなかった。

 それこそが異常事態である。

 本当に、今更だ。



「ホランドは明日まで執務室と自室以外出歩かないよう指示しています。彼はストラザーン伯爵夫人に幾度も無礼を働きました」


 ようは、事実上の謹慎処分。

 コールの裁量で下した。


「なんだそのくらい…」


 事実を告げたところで主は予想通りの態度だ。


「リチャード様。時間がないので簡潔に説明します。まず、カタリナ・ストラザーン伯爵夫人を侮ることをおやめください。今回のホランドの件は初対面だからと見逃していただけましたが、態度を改めねば、リチャード様の今後に支障が出ると肝に銘じてください」


「な…っ。さっきからお前はいったい何を言っている。たかが伯爵夫人。しかも経歴詐称をしていたのだろう」


 ホランドの話ではそのような内容だった。

 彼の主観で進められた調査と報告を、多忙を理由にうのみにしてしまったのは己の落ち度だ。


「我々は見誤ったのです。ストラザーンとの婚姻はブライトン子爵家が金で買ったわけではありません。王命によるれっきとした政略結婚でした」


 そのような形に誘導したのはストラザーン伯爵親子だが、コールは省いた。

 今、余計な情報を話しても混乱するだけだ。


「どういうことだ」


「細かい説明は後程致します。リチャード様が帰宅後に寝室へ飛び込まなければ、ですが」


「ウィリアム!」


 いらぬことを言った。

 しかし、言わずにはいられない。


「リチャード様。良いですか。カタリナ・ストラザーン伯爵夫人は、この婚姻によりこの国で複数に別れていた派閥をまとめ上げ、有力貴族と懇意になり、それは今なお続いています。先ほど情報ギルドへ問い合わせたところ、汚職にまみれた魔導士庁が十数年前に平定されたのも彼女の功績でした」


 魔導士庁の大掛かりな改変が起きた時はまだコールたちも幼かった。

 しかし更迭されたのは高位貴族の縁者たちばかりで、それは子供の世界でも無関係ではない。

 つまりはリチャードですら知らぬはずのない事件だ。


「夫人は本日、ラッセル商会の子息と魔導士庁の長官ヴオルフガング・バウム直属の部下、サイモン・シエルを従えてここにやってきました。ちなみにこの魔導士サイモン・シエルはリチャード様の挙式を執り行った司祭で、その翌日に還俗し魔導士庁の正式な職員になったそうです」


 一切の淀みなく言葉を続けていく。

 車輪の回る音、馬のひづめの音が、『時間がない、時間がない』とコールを急き立てる。


「応接室で会ったサイモン・シエルの外見は全くの別人でした。彼は十数年間、大司教たちの目を欺いてこれたほどの魔力の持ち主です。短い時間で大樹を作り上げるなど容易い事でしょう」


 説明している間にも御者の眼にはもう別邸が見えて来たらしく、「あ、あれはなんだ!」と叫んでいるのが聞こえる。


 もう、ここまでだ。


「どうかどうか、リチャード様。このサルマン帝国で最も若い将軍としての自覚をお持ちになり、それを態度でお示しください」


「ウィリアム…」


 主の声は、このような音だっただろうか。

 ながらく違うものを聞いていたような気がする。

 ようやく、この混乱しきった事態を収束できるのだろうか。

 しかし彼の思考は、まだおそらく。


「へりくだれとは申しません。貴方様も王族の血筋を引いているれっきとした侯爵家の跡取りですから。しかし、彼女の知性と功績には貴族の一員として騎士を束ねる男として敬意を表すべきです」


 減速してきたのを身体で感じた。

 そして、きしんだ音をたてながら馬車がゆっくりと止まる。


「リチャード様。この馬車を降りた瞬間から、この家の主として力量が試されていると思ってください」


「…わかった」


「お聞き届けくださり、ありがとうございます」


 一礼し、コールは馬車の扉を開けて先に降りる。


「…これは」


 コールは息をのんだ。




 見上げた先には、深い緑の葉が茂る古木。

 まるで、古き神が坐しているような、威厳に満ちた姿。


「なんてことだ…」


 これは、想像の域をはるかに超えている。





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