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【閑話】ミカエル⑩ ~広がる青い空~




「だからって、なんで。なんで、あんたたちが死ななきゃならなかったんだよ………っ」


 頭を抱えてテーブルに伏せて叫ぶ。


 結局、何が原因なのかわからないままだ。

 ただ、ミカエルと接触した誰かが原因で責任を取らされた。


 自分はまだ十六歳だけど、それくらいは解る。


 兄がはっきりと手紙に書かなかったのは、ミカエルより先に誰かがこれを呼んだ場合、ブライトンに類が及ぶからだろう。


 ワインの瓶を手に取ってラベルを読む。

 パット家では絶対飲むことのない、高級酒だ。


 ブライトンの家から『貰う』のはありえない。


 母がこっそり開けて飲んだ――。

 ならばフォサーリ家だろう。


 兄もしつこく『南』と忠告していた。


 多額の資金を得るために異母姉妹をブライトンへ送り込んだくせに、二十年近く一度も感謝を表すこともなく、不祥事を知った途端に毒の酒を飲めと強要する。


「これだから貴族ってやつは…」


 空のグラスを掴んで厨房へ向かった。


 ストーブにはまた火が入っていて温かい。


 調理台の上には所狭しと並べられたいくつもの鍋と布巾をかけられた様々な大きさの皿や籠。


 それらの蓋と布巾をどんどんとっていくと、何種類ものスープとパンと焼き菓子やプディングが現れる。


 どれも母らしい質素な家庭料理。

 中には見覚えのある品もあった。

 幼いころの、幸せな記憶がよみがえる。


「ほんと…に…。ばかだ。みんな…、みんなばかだ………」


 調理台にグラスを置くその手で必死に掴まった。

 そうでないと、崩れ落ちそうだった。

 視界が曇って良く見えない。


 今のミカエルの好物が分からない母は、思いつく限り料理を作ったのだ。


 何を思っただろう。

 どれ程の手間と時間がかかっただろう。

 それを見守った父も、何を思っただろう。


 それなのに、ミカエルは話し合いも最後の晩餐も拒否をして。

 逝かせてしまった。


「あ………」


 手紙の一文を思い出す。


 『離れにお前がいる時は夜中によく見に行っていた』


 昨夜、布団をかけに来てくれたのは母だったのだろうか。

 そして、その隣には父もいた。

 おそらくそれを示唆したにちがいない。


「本当に…。俺たちは、家族そろって…」


 どうして他の道を見つけられなかった。

 みんなで逃げることも出来たかもしれないのに。


 ミカエルはスプーンを手に取り、立ったまま一つずつすくって食べた。


 味も素材も違う何種類ものスープのうち、一つはガブリエラのそれに似ている。

 思えば、ガブリエラの故郷はフォサーリよりさらに南に一つ国を越えたところにあった。

 似ていても不思議はない。


 パンも一口ずつ、焼き菓子もプディングも。


 隣室で家族が血を吐いて冷たくなっているのに、何をしているのだろう。


 異常だ。

 自分は狂ってきているのかもしれない。


 でも、彼らを知る手段はもうこれしか思いつかなかった。


 全てに口を付けた後、考えは決まった。



「俺は、生きるよ。トビー」


 一緒に死なない。


 可能な限り生き延びて。

 三人を死に追いやった全ての人を焦らせてやる。


 それが、自分に出来る復讐で。

 自分らしいあがき方だと思う。


「ごちそうさま。かあさん、とうさん。おいしかったよ」


 隣の納戸に入り、父たちが野良仕事に行くときに弁当を詰める肩掛けのバッグとコートを探し出す。

 それにパンや焼き菓子などを布巾に包んで入れた。


 そして食堂へ戻り、服や靴を脱いで兄の用意してくれた物に替える。


 大柄な兄に比べると縦横余ったが、身体に合っていないくらいの方がちょうどいい。


 自分が着ていたのは歌劇へ同伴するために誂えられた良質のものだ。金に換えられる。小さくたたんでバッグに詰め、靴は納戸の奥の古布の中に突っ込んだ。


 手紙は。

 とりあえずそのまま畳んでポケットに入れる。


 ペンとインクはテーブルのカトラリーを入れる抽斗に隠した。

 ミカエルが戻ってきた情報をおそらくフォサーリは掴んでいるだろうが、これで夜から今まで何があったかは誰にもわからない。



 勝手口から外に出ると、朝陽はすでに上がっていて。


 地面に屈んで両手で湿り気の残った土を髪につけた。

 帽子をかぶるが、とりあえず少しでもこの金髪が目立たないといい。


「みんな、ごめん」


 ミカエルは駆けだす。


 風が吹いて、木々が優しく枝を揺らした。

 秋草の匂い。

 朝のどこか甘く清々しい空気。

 鳥たちは賑やかに泣き交わす。


 どこまでも広がる青い空の下。


 あてどなく。

 生きるために。


 ミカエルはがむしゃらに走り続けた。




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