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【閑話】ミカエル ② ~祖父そしてカタリナ~



 ハリは川に落ちたが、すぐに救出されて無事だった。


 湖と繋がるこの川は別荘や宿屋のために人工的に引かれたもので、流れが穏やかな上に食料などの荷を運ぶための船が行き来していた。


 ミカエルは川辺に誰もいないと思い込んでいたが所詮は六歳の子どもだ。

 意外と大人たちは見ていたのだ。

 綺麗な男の子が用を足し始め、その子にそっくりな女の子がいきなりスカートをまくって同じようにしたことを。


 そしてミカエルが驚くさまに同調し、思わず突き落してしまったのにも同情した。


 荷運びの小舟の船頭が落ちたハリを助けて介抱したが、騒ぎを聞きつけてたくさんの野次馬が集まった。


 事の次第を知って駆け付けたブライトン家の人々は呆然とし、パット家の両親は土下座して謝り、アザレアは扇子でミカエルを殴った。


「このガキと庶子を今すぐ殺して! 石の重しを付けて湖に放り込んで、わたくしのハリにやったのと同じ目に遭わせて!」


 涙ながらに謝る妹を足で蹴り手の甲をヒールで踏みつけ、鬼の形相で喚くアザレアを慌ててブライトンの騎士たちが取り押さえ宥めながら連れ去った。


「…どうしてあんなことをした、ミカエル」


 伯父たちに尋ねられ、泣きながら答えた。


「だって、おかしいよ。ハリはドレス来ているのに、立っておしっこしたよ。おとこのこなのに、おんなのこのかっこうして、きもちわるかった」


 それを聞いた父たちは思わず天を仰ぐ。


 ハリを助けた船頭も対岸を歩いていた貴族たちも、ハリが用を足しているのを目撃したと口をそろえて言う。


 ブライトンの祖父が息子の妻は南部の出で、男児が健やかに育つためには女児の格好をさせねばならないという迷信を固く信じているため、愛称も姿もそのようにしてたと野次馬たちを始め、ミカエルに説明した。


 実際は溺愛する息子に女児の格好をさせてみるとことのほか愛らしかったため、親子でお揃いのドレスを誂えることにはまり、果ては淑女教育まで始めていたが。


 子爵家へ降嫁した屈辱もあり、ブライトン家で高慢に振舞っているうちに妹が立て続けに健やかな男児を産んだ。一人目は妹と義弟そっくりの地味な見た目で嗤っていられたが、次のミカエルは美しく、半狂乱になった。


 何とか生まれたハンスは最初顔つきがブライトンよりなのが気に入らなかったが、だんだん自分に似てきたので可愛いと思えるようになり、今はあちこち連れまわして賞賛されるのを楽しんでいた。

 南部の風習を知らぬわけではないが、やりすぎだと良識ある貴族たちは思っていたが。


 なんにせよ、この事件でアザレアはハリをさらうようにして別の別荘へ引きこもる事となる。


 そして家族はミカエルをどう扱えば良いかわからなくなった。

 彼らは気づいていたのだ。

 生理的嫌悪だけで突き落したのではないことを。




「お前は。パット家が嫌いか」


 ミカエルだけ王都へ連れて行かれ、大きな屋敷の離れで祖父に尋ねられた。


「え…」


 目をぱちぱちと瞬いて、なんのことかわからないという顔をすると、祖父は苦笑いして片手を上げる。


「お前は確かに、その名の通り天使のように愛らしい。だがな。わしらは騙されん。そんな小手先に騙されるようでは、ブライトンは立ち行かんからな」


「………」


「確かに、ハリがハンスだったことには驚いただろう。だからと言って川へ突き落そうとはせん。お前はハンスが死んでしまえばいいと本気で突き飛ばしたな。理由は騙されたからじゃない。あれが死ねば自分がブライトンへもぐりこめると思ったのではないか」


 とっくにお見通しだった。


 実はハリの侍女が近くに控えていて、出遅れたものの様子はしっかり見ていたそうだ。

 祖父はたんたんと話を続ける。


「お前の両親はアザレアの勘気に触れぬよう、静かに慎ましく暮らしたいと言っておる。しかしお前はそうでないようだな」


 手招きされて窓の外を見ると、従妹のカタリナが下のテラスで家庭教師の講義を受けていた。


 祖父に似て鋭い目元のカタリナは母に嫌われ、祖父母と暮らしていると言う。

 そんな彼女はまだ三歳だと言うのに、他国の言葉を習っていた。


「お前も思ったように、ハンスは跡継ぎに向かないかもしれない。だからカタリナを仕込んでいるところだ。もしお前も名乗りを挙げたいのなら、ここに滞在して学べ」


「はい」


 本宅で暮らせるのはとても嬉しかったが、ミカエルの頑張りも長くは続かなかった。


 見た目は似ているが、カタリナは天才で、ミカエルは凡人だった。


 三つも下の女の子に負けて悔しがると同時に、ああ、自分は結局母の息子なのだと諦めの気持ちがわいてくる。

 母方の祖父が気まぐれに手を付けて産まされた母は、優美さのかけらもなく陰鬱として、どこからみても下級侍女だ。

 愚図で、機転も働かず、すぐに涙をこぼす。

 そんな母を父はなぜか愛し大切にしているようだが、それがまたミカエルの中に苛立ちを生む。

 そのせいで。

 いや、そもそもブライトンももとは平民だ。


 ミカエルの専属に雇われた男性の家庭教師は平民上がりのブライトン家と庶子の組み合わせのミカエルを見下し、大人がいないところで暴言を吐いては罰だと鞭をふるう。

 そのうちタガが外れたのか物陰に連れ込み身体をいじったりするようになった。

 顔だけ身体だけ綺麗なハリボテと言われ、そうだよなと思ってしまい、ミカエルは抵抗する気力を失った。


 しかし異常に気付いたカタリナと護衛が祖父へ知らせたらしく、男は捕らえられて職と家を失い、どこかへ消えた。


 配慮が行き届かなかったことを伯父と祖父母に詫びられたが、何もかも嫌になったミカエルはパット家へ帰った。


 戻ってみたものの、ほんの数年離れていただけなのに家族は他人にしか見えなかった。




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