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精霊の愛し子


「まだじゃ」


 静かな声に、ミゲルの沸騰した心が一瞬にして鎮められた。


「エスペルダの民もガルヴォの者どもも、創世のころからの戒めをすっかり忘れてしまった。そして何故、先祖返りがたまにしか生まれないか真剣に考えもしない」


「それがどうした。神の意思だとでもいうのか!」


「その通りじゃ。エスペルダは高原と峰々の国。本来ならみな家畜と共に生きるのみの慎ましい暮らしをしていた。そこへ竜の護り、そして土の精霊の恩寵を数十年おきに与えようと神が情けをかけた。それが竜使いの男とその番よ。お前たちは翼竜の破壊力ばかり注目しておらなんだが、そもそもは、番が精霊の愛し子だから、鉄壁の守りを必要としたのじゃよ」


「…は?」


「エスペルダの富は、ジュリア様がミゲル殿の妻となり、この地で末永く幸せに暮らすことにより可能だということ。竜王の番は鉱山を多く所有するガルヴォの土の精霊に愛されているからこそ繁栄も約束された。つまり、冷遇され苦難の日々を過ごし…さらには魔術師どもの技で身体を壊し、出産で死ぬよう謀られた。つまりは」


 精霊の愛し子を虐げ殺害したとなれば。


「これから衰退がはじまるというわけじゃ」


「そんな…あんな、この地に縁もゆかりもない小娘が…」


「それも神の考えじゃろうて。ガルヴォは血縁結婚が続きすぎた。お前さんの娘が妻になったとて、子は産まれなかったはずだ。その証拠にお前さんたちの気性の激しさと残虐性は常軌を逸している」


 アルバも娘のフロレンシアも王よりも富と力を持つガルヴォの血筋であることを鼻にかけ、国で一番高貴な者としてふるまい、気に障る者は人目があろうとなかろうと残虐な手段で害していた。


 誰も逆らえない状況が一変したのは、ミゲルとフロレンシアの婚約が白紙になり、ジュリア・クラインツ公爵に挿げ替えられた時だ。それまで付き従っていた貴族たちは霧散した。


 すぐさまフロレンシアは他国の貴族へ嫁いだが、ガルヴォの富と権力を我が物にしていた身としては何もかも気に入らず、夫の妹に暴力をふるって捕らえられた。公では自害したことになっているが、実際は処刑されたのだ。


 その知らせが届くなりスアレス侯爵は妻を領内で幽閉したが、アルバは脱走し、協力者をかき集め、ミゲルとジュリアを呪い、操ることに邁進した。


 まずは、ジュリアの魅了。


 そして女騎士のバレリアを篭絡し、彼女を媒体にガルヴォの屋敷全体に闇魔法をくまなく植え付けること。


 魔力も才能もない底辺の騎士だったバレリアがのし上がれたのは世渡り上手だったこともあるが、彼女の身体に闇の魔物の核を植え付け、それが育つことにより力を得、頭角を現したのだ。あとはその核を仲介してアルバはミゲルに近づき、精神異常を起こす呪術をかけ続けた。


 バレリアは身の程知らずで虚栄心が強く、いつかはミゲルの子を産みたいと野心を抱き、ジュリアを排除することにためらいは全くない。面白い程使える、馬鹿な女だった。


 おかげでどれも上手くいった。


 アルバはミゲルに次ぐ闇の使い手で力量の限界を超え呪い続けているうちに己の身体を失い、バレリアに寄生するほかなくなったが。


「スアレスの奥方よ、気づいていたか。ライアン・ホランドの誕生より後にエスペルダの王族及び主要貴族たちに子が生まれなくなったことを」


「………知らぬ。その様なこと、偶然に決まっておる」


「神は慈悲深い。幼子を巻き添えにしたくない故、止めたのだろう」


「子が生まれぬからどうだというのだ」


「これから、エスペルダは静かに枯れていくだろう。土の精霊から恵みを一切受け取れず、生きながらえるのはガルヴォの富の恩恵をほとんど受けておらぬ平民…、昔ながらの放牧の民だけとなる」


 ぜいたくな暮らしに慣れた者がいきなり厳冬の中に放り込まれる。

 生きる術を知らない貴族たちはただ縮こまり凍えて死ぬだけだ。


 他国を頼ろうにも、精霊の呪いを受けた者を助けるような善なる知り合いもいないだろう。


 自滅。


 それが神より下された罰なのだ。










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