外道と禁忌
「ギャァァァァァ――」
攻撃は届かなかった。
地面の上に黒い異形が真っ二つに切り離されてのたうっている。
切断したのは、大地の色をした大きな斧だった。
「娘がどうのって責めていたようだが、嘘をつくな。あんたは若くて美しい女の身体を手に入れ、ミゲルの子を産むぞとはしゃいでいたじゃないか」
両腕が獣のそれに変化し、肩にもう一丁大斧を担いだ血まみれの女が歩いてきた。
「マレナ! お前は…」
ミゲルが驚きの声を上げる。
離れたところに彼女らしき身体が転がっているのは気づいていた。
この状況で生きてはいまいと思っていたのだが。
「貴方のせいでとんだ災難だ。公爵閣下」
全身傷だらけで衣服もズタズタだが、まったく意に介さず大股でのたうつ異形に近づくと、檻の中で腹ばいのまま干からびているモノと繋がっている異形に、もう一撃食らわせ分断する。
びくびくと激しく跳ねていた下半身らしきものは動かなくなった。
「おまえ…。死んだはずでは…」
腹から上だけはまだ生きているらしく、黒い女が悔しそうに斧を担ぎ直した女を睨みつける。
「死んださ。あんたに嬲り殺されてな。しかしどうやらまだ時期ではないらしい」
「はぁ?」
「覚えているか。あんたが刺客として操っていた侍女の顔に投げた指輪。あれを見つけて来ないと死なせないと追い返された」
「そんなものがいったい…」
「番の執念がしみこんだ結婚指輪だったんだ。誤算だったな」
そう言うと、背中に斧を振り下ろした。
「ぐっ…。そんな、土の刃などに、わたくしは…」
「そうじゃな。お前さんはこれしきの事で消えたりはせん。まあせいぜい嬲ら続けるだけで」
いつの間にかエルドがアルバの目の前におり、杖の先を彼女の眉間に強く押し当てる。
「ガルヴォを乗っ取りさえすれば、また子どもの頃のように皆に傅かれると思うただろうが、無駄じゃ。今度はお前さんが協力者たちに魔物として狩られるだけの事」
「そんな! そんなはずはない! 現に今もわたくしは…」
「サルマンの魔導士庁の奴らの力で生きているではないか、とな?」
「………っ」
びくりと頭が揺れた。
「お前さんが国や貴族たち、そしてガルヴォの家門の者どもを唆して、サルマンの魔導士庁の上層部のやつらを買収したのは知っている。金銀だけでなく、密かにガルヴォの鉱山から採掘した良質な魔石を大量に融通しおったな」
「それがどうした。どいつもこいつも私が粉をかければ尻尾を振って飛びつきおったわ」
腹ばいのまま顔を上げエルドを睨む。
「王は娘を、貴族どもは他国の者に持ち掛けて女を用意して、誰もかれもがミゲルの種で次の竜王を作ろうと…」
「待て、どういうことだ」
ミゲルは割って入る。
「竜王よ。おぬしは番を得るためにシエナ島へ翼竜騎士団を出動させたのは、これ以上ない悪手だったのだよ」
それまで竜を使役する騎士団の実力のほどは誰にもわかっていなかった。
ただ存在するだけで畏れられ、戦わずしてエスペルダは国を守れた。
しかし人々はシエナ島の戦いで翼竜騎士団の威力を知ってしまった。
そして、その力を誰もが欲しいと思うようになった。
「サルマンはジュリア様がお子を産めばそれを理由にガルヴォ、そしてエスペルダを手に入れられる機会が出来た。それを知って戦好きの国や攻められたくない国のどちらも欲するようになった。誰もかれも、竜王に関するいくつもの禁忌を知らぬまま」
「禁忌…? 嘘をつけ。そのようなもの、聞いたことがないぞ」
吠えるアルバにエルドは首を振る。
「お前さん、自らの身体を失ったのはいつだ。お前さんと魔導師たちが仕組んでジュリア様の純潔を失わせて間もなくではないか?」
「な、なぜそれを…」
「―――――ッ!」
「禁忌の一つだ。竜王の番に危害を加えた者には天の力が働く。クラインツ公爵夫人の衣裳部屋に仕掛けを作った魔導師も、もうとっくに死んだだろう」
「ちょっと待ってくれ。魔導師よ。つまりは…ジュリアは…」
「クラインツ公爵家におぬしの伯母上と魔導師が潜入し、精神障害の魔法を仕組んだ。闇魔法によって誘導と操縦をし、魅了を発動させたのじゃよ」
令嬢たちとのお茶会も、公爵夫人の衣裳部屋探索も、そして仮面舞踏会の衣装を詰め込んだ箱を開けるのも全て誘導されたもので、衣装を手に取った瞬間、それを身に着け舞踏会へどうしても行きたいと思うように、強力な魅了をかけた。
「あは、あはははは。おやまあそんなことまで調べ上げたのか、エルドよ。まあ今となってはどうでもいいが、ただ口惜しいのは、せっかく用意していた男が手違いで別の女を襲ったことじゃな。なぜフォサーリの木っ端と入れ替わったのかわからぬが、まあ純潔は散らせて目論見通りで愉快だったわ」
「くっ…ッ! この、外道があっ!」
げらげらと笑うアルバの頭を怒りに任せて剣で潰そうとするミゲルを、エルドが割って入る。




