命の味
バシュッ! バシュッ! バシュッ!
何本の闇の矢が身体に突き刺さっているかわからない。
それでもマレナは力を振り絞り右手に握る剣で打ち返した。
『むむむ………むむむむー』
ちいさな、小さな声と魔力を腹のあたりに感じる。
ジュリアを敬愛していた土の精霊たちが必死になって赤ん坊のおくるみに取りついて防御し続けていた。
彼らが必死に守ってくれているおかげで、今は無傷だ。
本来なら闇の刃に貫かれ、とっくに命は亡くなっている。
しかし、アルバに致命傷を負わせない限り、この戦いは終わらない。
「醜くて、無様だな」
黒い液体でできた女は笑いながら次々と闇の矢を放つ。
力の差は歴然で、彼女はマレナをいたぶって遊んでいる。
血が流れ過ぎて、気を抜くと膝をついてしまいそうになるのを堪え、マレナは防戦をつづけた。
ミゲルが向かったのはおそらくホランド領。
伯爵夫人が諭して追い返してくれるだろう。
それまでもてばいいのだ。
「ああ、お前たちには飽きてしまったわ。そろそろ終わるか」
しかし無情なことにアルバはつまらなそうに言うと、拳を天に向かってあげる。
「死ねえッッ!」
指を開いた瞬間、闇の液体でできた網が宙に現れ、マレナ目指して飛んでいく。
「…っ」
刃こぼれして使い物にならない剣を放り出し、マレナは地面に伏せ、赤ん坊を守るように手足を丸めてかぶさった。
ビシャ――ッ!
漆黒に光る網がマレナを捕らえる。
「締まれ」
アルバは術をかけた手をぎゅっと握りしめた。
「ぐ………ぐぐぅっ………」
ぎゅうぎゅうと容赦ない力で締めあげられる。
「貫け」
網だったものが糸と糸の結び目のところ全てが針に変わり、マレナを貫く。
「―――――っ」
強い雨が叩きつける中、マレナはこと切れた。
「死んだか」
アルバはバレリアの身体の中に戻り、ひょこひょこと操り人形のような動きで近づいていく。
「ああ早う。早う、新しい身体を確保せねば、動きにくくてかなわぬ。今度は美しく若い女が良いのう。こんな年増ではなく」
ようやく着いた先には身体をまるめたままのマレナがいた。
「邪魔だ」
肩を蹴るが動かない。
舌打ちをして指先から闇の刃を出してマレナの腕を貫きどけた。
半獣人の女の身体に巻き付けられた布の中には土で固められた大きな卵があった。
耳を当てれば命の音と、魔力を感じてにんまりと女は笑う。
「これを殺せば次の竜王が手に入る」
くっくっくっと喉を鳴らしながら土の卵を両手で持ち上げ、掲げた。
手のひらからじわりじわりと闇の膜を出して卵を覆う。
「さあ、私に命を渡すがいい」
黒い靄がバレリアもといアルバの身体から幾筋も、触手のように現れ、赤子の入っている卵に取りつく。
『~~~~~!』
「ふん。無力なカスどもが。お前たちが束になったところでわたくしに勝てるわけがなかろう」
アルバが鋭い爪を立てる。
『~~~~~! ~~~~~! ~~~~~! ………………』
みしりみしりとひび割れ、やがて砕ける音がし、あたりはやがて静まり返った。
手の中のものは一回り小さくなる。
「土の者ごとき、腹の足しにもならんわ」
触手の先の部分がずぶりとささると、やがて卵から淡い光が吸い出され、ゆっくりと触手をたどってアルバの身体へ向かった。
「ああ…。たとえあの女の血が混じっていようとも、竜の命の味とはこうも美味なのか…」
恍惚とした表情で見上げる。
「もっと寄こせもっと、早う。私がお前の父の子を産んでやるから…」
焦れるように高く上げた両手をうごめかしたその時。
ガンッ!
異質な音がして、アルバは視線を自分の身体に落とす。
「な、なんだと…」
黄金に光る大きな刃がアルバの背中から貫かれ、刃先が胸から出ていた。
「ギャ――――――ッ!」
怪鳥のような叫び声をあげると、触手も卵を包み込んだ黒い膜も何もかも消える。
「あああっ。それはわたくしのものじゃ。かえせ!」
土の守りが綻びて砂まみれになった赤ん坊のおくるみを、若い女性がしっかり抱き留めた。
彼女の前には初老の男が長い杖を構えて立っている。
二人の姿勢には全く隙がない。
「お前…。お前たちは………」
問われて、若い女は美しい金髪をなびかせ答えた。
「私はジュリア・ガルヴォの真の友。こちらの方は…」
「わしは放浪の魔導師と呼ばれておる」
最強の魔力と技を持ちながら俗世間から去った伝説の魔導士の名をアルバは耳にし、ずっと探し続けていた。
何年も、何年も。
「まさかお前…。サルマンのエルドか!」
キイイイ―――とアルバは悲鳴を上げた。




