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対峙



 マレナは走り続けた。

 土砂降りと暴風の中、ひたすら走り続ける。


 大地を揺るがすような雷鳴と目もくらむような稲光と共に目の前に力の刃が落ちた。



「………くっ」


 マントの裾を掴んで前をかばい、全ての衝撃波を防ぐ。

 布で固定し左腕で抱いている赤ん坊は無事だ。


「…いい加減にしろ」


 顔を上げ前方を睨みつける。


「往生際の悪い女ね」


「平民はしぶといんだよ」


「まったくだわ」


 翼竜騎士団の制服姿の女が薄笑いを浮かべている。


 バレリア・ムナル。


 ミゲルの信頼厚い、回復と時の魔法を操る、魔導騎士。


 ガルヴォ傘下の低位貴族出身の彼女は狡猾で、それぞれの望む姿を装うことでガルヴォ家の重職にありついた。

 ある時は、主に従順で有能な部下。

 ある時は、部下や使用人に理解のある慈悲深い責任者。

 ある時は、王や高位貴族の内通者。



「それで。あんたはミゲル・ガルヴォの実子を殺害して、どうやって後妻の椅子に座るつもりなんだ? 今までどれほど色目を使ったところで通じなかったというのに」


 闇に葬られた侍女のなかに、バレリアの陰口を言ったものがいた。

 ミゲルにどれほど尽くし事あるごとに秋波を送ったにもかかわらず全く相手にされず、婚期を逃した女だと。


「うるさい! 醜女が偉そうに!」


 バレリアが右手を振り下ろすと指先から闇の刃が走り、マレナの右頬を切った。

 パシッと音がして、肌を裂かれたマレナの頬から血がしたたり落ちる。


「その死に損ないの息の根を止めたら、お前がサルマンへさらって帰ろうとしたと報告すればいいだけのこと。交戦の末、無理心中をされてしまった。それで終わりよ」


 『死に損ない』とバレリアははっきりと言い放った。

 左手に感じる規則正しい呼吸を気遣いながら、マレナは口を開く。


「…あんたの予定では、ジュリア様もろともこの子には出産で死んでもらうつもりだったということか」


「なあんだ。気が付いていたの? つまらないわね」


 領内に足を踏み入れて以来、マレナはずっと探っていた。

 この奇妙に絡まり張り巡らされた闇の網の目のほどき方と根源を。


 何倍にも増幅され続けている公爵邸の使用人たちのジュリアへの侮蔑と憎悪。

 感情の起伏が激しいだけではなく、考える能力を失っているミゲル・ガルヴォ。

 何かに汚染され、巣食われ、どこか狂いが生じている。


 城下町で暮らす平民たちは全く問題なく、だからこそホセの妻はまともだったのだ。


 隣国からミゲルが連れてきた医師も同じく毒されていない貴重な人物だった。

 彼女がマレナに密かに漏らしたことが二つある。


 一見、先の流産死産はクラインツ家の女性特有の体質もしくはミゲルの魔力過多のせいに見えるが、もしかしたらそうではなく、本当は正常に生まれてくるはずだったかもしれない。


 そして、ジュリアの身体は回復しているように見えているだけかもしれない。


 つまりは。

 バレリアの回復魔法はみせかけで。

 傷を癒さずむしろそのまま止めて、治ったかのように欺かれている可能性がある、と。


 医師が診断する時は問題なく回復しているように見える。

 だが経験と勘のようなものが常に頭の奥で警鐘を鳴らし続けていた。


 そしてジュリアの身体は何らかの方法で痛めつけられ、さらに傷だらけのまま留め置かれているのではないかという結論に至ったのだ。


 土の民たちもジュリアが自害してから様々な事に気づいたようで、密かに寝台の中に隠れ、隙をみては治癒魔法を送り続けた。


 罪を犯し続けるバレリアは土の民の加護を外れたため、精霊の動きを感知できずに第三子は育ち、出産までこぎつけることができたのだろう。



「でも、ずっとわからなかったことがある。あれもこれも同時にやるには最高峰の技と莫大な魔力量が必要だ。とっくにバレリア・ムナルの能力を超えている」


 マレナはマントを身体に巻き付け直し、右手で剣を抜き地面に突き刺す。

 柄を強く握りしめ、腰を低く落として尋ねた。


「まだ、あんたはあんたとして存在しているのか、バレリア・ムナル。それとも、もう闇に巣食われてしまったのか?」


 笑いの表情を浮かべたまま、バレリアはことりと首をかしげる。

 土砂降りの続く中、一瞬の、暗い沈黙が流れた。


「きゃ――っ、ははははは…………っ」


 突然、バレリアが頭を不自然なほどにのけぞらせ、奇声交じりの笑い声を上げた。


 どうん、と背後で雷が落ちる。


 そして、ぐるりと首を回して戻った顔は禍々しく、血走った白目が大きく見開かれていた。



「…つまらぬな。お前ごとき卑しい女に暴かれるとは」


 べろんと、黒くて長いモノがバレリアの口から流れ出す。


「バレリアの寄生虫。あんた、誰だ」


 シューシューシューと黒煙を上げながらドロドロと不気味なモノはバレリアの口から流れ続け、やがて巻き付きながら背後で人らしき形を取った。



「わたくしは、アルバ・スアレス。私の愛しい娘はサルマンで恥をかかされた上にミゲルに捨てられ、屈辱にのたうちながら死んだ。復讐をするのは当然だと思わぬか?」


 口らしきものがにいい…と笑いの形を作った。



 アルバ・スアレス。


 エスペルダ国の侯爵夫人にして、ミゲルの伯母。

 美しいだけが取り柄で浅慮な上、矜持と自己愛だけが高く。

 傲慢で欲深く、残虐で。

 今は侯爵領に幽閉されていた筈の、悪名高き女。



「死ね。死んで、わたくしの贄となれ」



 闇よりも黒いぬらりとしたものが一斉に放たれた。



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