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マレナの家


「本当に、これで良いの?」


 マリアロッサはジュリアに問うた。


 二人が今いるのは、公爵家の敷地内の片隅にある墓所だ。

 山へ続く道がすぐ近くにある荒涼とした場所で、墓石の並びも作りもばらばらなのがさらに寂しさを増す。


 ガルヴォ家の騎士たちを退け、そばにいるのはジュリアを抱えて来てくれたマレナだけだ。



「はい。お姉さまが交渉してくださったおかげでずいぶん住みよくなりましたし」


 マリアロッサは離縁を保留とする条件としてマレナをはじめ城下町で待機していたゴドリーの使用人たちを全てジュリア付きとして召し抱えること、そして持ち込んだ嫁入り道具を正当な持ち主に返すこと、さらに姉妹の連絡を監査なしで可能とすることを神聖文書で誓約させた。


 そして、ジュリアに離別の権利を持たせることも。


 ミゲルは全てに応じた。


 ただ、それらの誓約を破ったからと言って違約金は発生しない。

 ジュリアにとって意味のないことだったため、設けなかった。

 ミゲルにしてみればジュリアが離れていくことこそ最大の罰だからだ。



「お姉さま。この子がブレアで、この子がエヴィです」


 ミゲルは流れた子たちの墓に小さな石碑を置き、きちんと文言を刻んでいた。

 ミゲル・ガルヴォと妻ジュリアの第一の子、そして第二の子と。


「エヴィ…」


「お姉さまたちが考えてくださった名前を密かに付けました。土の民が私の刺繍したハンカチを棺の中に入れてくれたそうです」


 草原のなかにぽつんと立つ子どもたちの墓にジュリアは小さな花束を供えた。


「そう…。残念だったわね」


 マリアロッサ自身、何度も流産を経験している。

 生家であるクラインツ公爵家の血筋は子がなかなか授からないし育たない。

 高位貴族間の婚姻が続いたせいだろう。


「初めまして。私が伯母のマリアロッサよ。会えてうれしいわ。そして抱いてあげられなかったことを残念に思う。貴方たちが来世では丈夫に生れることを祈っているわ」


 姉は草の上に膝をつき、ジュリアを看病してくれていた時と同じように、優しく墓石を撫でてくれた。


「ありがとうございます。お姉さま」


「いいえ、こちらこそ。案内してくれてありがとう。ベンホルムも喜ぶわ」


 姉妹で並んで地面に座り込んだまま、ぽつりとマリアロッサは続ける。



「ジュリア。状況は少しだけ改善されただけで、何も解決していないことは解っているのよね」


「はい。この国の人たちは誰も…。私のことを歓迎していません。あるのは旦那様の愛情のみですね」


「それも狂気の沙汰の、ね」


「お姉さまったら」


 くすりと笑うと、マリアロッサは片眉を上げた後、肩を抱き寄せた。


「貴方を、ここに置いて去りたくないわ。竜の男の愛なんて見当違いの方向ばかりで、なんの役にも立ちやしない」


 ぎゅうっと抱きしめられて、ジュリアは胸が暖かくなりますます頬を緩ませる。


「ねえマレナ。どの部屋も凄かったわよね、独占欲丸出しで。まるで貴方の家そのまんまじゃない」


「え…」


 抱きしめられたままマレナを見上げると、彼女は困惑したような顔をしていた。


「マレナの家?」


 マリアロッサに促され、マレナも地面に座る。


「ずいぶん昔の事なのですが。私には婚約者がいて、結婚直前に戦場で亡くなりました」


 マレナが髪を短く刈りこみ骨格も筋肉もしっかりとついて、生まれながらの武人といった出で立ちだったせいだろうか。

 申し訳ないが私生活について全く想像がつかなかった。


 まさか婚約者がいたとは思わずジュリアは目を丸くする。



「ああ、好いた腫れたはなしですよ。子どもの頃から視界をウロチョロしているおじさんがいるなと思ったら、獣人でした。彼にとって私は『番』というものらしく、異常な熱量で…といっても、あっちは弱いからどうってことありませんでしたが」


 その頃からマレナはお守りだから絶対外すなと言い含められ付けていたピアスがあり、実はそれが『番除け』だったらしい。

 その魔道具は番が相手に無理やり近づくと遠くへ飛ばされる効力があった。


「毎年誕生日だけピアスを外すように言われていて、そうするとヒョロヒョロの人のよさそうなおじさんがにこにこ笑って誕生会の末席に座っているわけですよ。うちはもともと獣人の血が入っているから『番』については多少聞きかじっていたので、そういうことかと割と早いうちから気づいていましたね」


 本来ならばマレナとその男の歳の差は二十近くもあるため、番消しの薬を飲んで関係性を解除し、それぞれ別の家庭を持つのが普通だ。


 もちろん家族は長い間解除の説得をしていたが、柔和な見た目に反して獣人は頑固で拒み続けた。

関わっているうちに絆されたのか、誕生祝を渡しに来ることだけは許していたらしい。


 マレナは獣人の特殊能力こそ発現したが、番の感知能力は人間並みで彼を前にしても全く何も感じなかった。


「ただ、毎年…十年も恨めし気な眼差しで見られるので根負けして、まあこのおっさんと結婚してもいいかと思って、二年後なら結婚してもいいって。つい、言ってしまったのです」


「あら…」


 土の民たちが『つよつよ』と呼ぶマレナの意外な一面を見たような気がする。


「鳥族の特性なのか知りませんが、それからの彼は凄かったです。巣作りに没頭し、稼ぎの良い仕事ばかり請け負うようになりました。それが原因で結局亡くなったのですが」


 彼の最後の仕事は戦場での偵察で、数人の仲間と手分けして探りに出たまま戻らなかった。


「傭兵だから捨て駒です。彼は政治の不条理を知らなかった」


 戦死の知らせの後、同じく戦死通知が出ていた仲間の一人がマレナの家族に助けを求めてやってきた。

 彼らは武器商人たちが戦いを終わらせないよう工作しているのを知ってしまった。


 そしてマレナの番は命を落としたのだ。


 結婚式の一か月前のことだった。


「姉のマーサが家の鍵を預かっていて。身寄りのない彼は相続人を私で手続きをしていたから、行ってこいと」


 彼の家へ行くのはこれが初めてで。


「扉を開けて驚きました。…ピンクとか黄色とか薔薇とかチューリップとかヒナギクとか…壁紙は花柄でいっぱいで」


「え…」


「彼の、新婚生活への夢と期待がいっぱいに詰まった家で。これでもかと物がありました」


 カップにスリッパに寝間着。

 色違いのお揃いに出来るものは全てそうなっていて。

 テーブルも椅子も戸棚もカーテンも優しい色でベッドは大きく、花柄の刺繍のカバーがされていた。

 まるで夢見がちな少女が誂えたようなものばかり。


「しかも、夫婦の寝室の隣は壁を空色に塗られた小部屋があって、なんとベビーベッドがもう用意されていたのです」


 マーサ曰く、子供部屋を一度にもっとたくさん作ろうと暴走する男を家族は慌てて止めたという。


「まずは一人から。そう説得するとものすごく嬉しそうな顔をしたと…」


 マレナが奥さんになってくれるだけじゃなくて、家族もできるなんて。

 僕はなんて幸せ者だろう。


 それが、マーサたちの知る彼の最後の言葉だった。


「…まったく、あの変態。想像だけでお腹いっぱいになりやがって」


 仕事に忠実で礼儀正しいマレナの言葉が珍しく荒れている。


「番に入れ込むオスって、本当に重くて…。馬鹿です」


 そして、そんなところが愛しい。

 だから彼の家を今も残しているのだろう。


「マレナ…」


 空が夕焼けに染まり始めるまで。

 三人はそのままゆっくりと語り合った。






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