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不協和音



 立て続けに子が流れたことで、ガルヴォ家及びエスペルダ国の中で異国から来た花嫁を送り返し、自国の令嬢を妻にという声が上がり始めた。

 輿入れしてまだ一年経たぬにもかかわらず、である。


 聞く耳を持たないミゲルに我が娘を側室をと進言した不心得者は竜の怒りを買い、足を折られた。


 それでも、華奢で儚げなジュリアを退けたがる人は後を絶たない。




 エスペルダ国に繁栄をもたらすガルヴォ家の先祖返りは、知らぬ者などいない言い伝えだ。


 ミゲルは国が待ち望んだ男だった。

 竜が群を率いて現れて彼に首を垂れた時、国中をあげて何日も祝ったものだ。


 そんな彼ももうすぐ三十になろうと言うのに子が一人も授からないことに人々は焦りを感じていた。


 一途すぎる男は見初めた異国の幼き姫が大人になるまで待つ間、まるで修道士のように禁欲的で規律正しい生活を送った。

 ミゲルには妹たちがいてそれぞれ嫁ぎ子を成しているが、誰も竜使いの才を持たない。


 いつでも一つの時代に竜を統べる力を持つ者はひとりだけ。


 ジュリアが病気療養のため学校をやめ姉の嫁ぎ先に保護されているという情報を得た時には破談を期待したが、ミゲルの執着が増しただけで終わった。

 時が満ちてお披露目されたサルマン国のクラインツ公爵令嬢は、風に簡単に飛ばされる小鳥のように頼りなく、とても成人したとは言えない容姿だった。

 その結果、流産と重い悪阻の繰り返しでもはや消えてなくなりそうなほどにやつれ果てた。

 それでもミゲルは、我が子を産むのはジュリアのみだと宣言した。

 しかし医師の診断ではしばらく身体を休めねば、次の妊娠は母子ともども助からないという。



 欲深い者たちは、ミゲルの耳に毒を注ぐことに決めた。


 少しずつ、少しずつ。

 疑念と言う名の毒をゆっくりもたらす。


 愛が深ければ、憎しみもきっと。





 広い空をジュリアは独りで見上げる。


 庭の芝生の上に敷物を広げてもらい、その上に座り、かぎ針で毛糸を編む。


 籠の中には柔らかく白い毛糸がたくさん。

 そして編み終えたいくつかのモチーフ。

 ジュリアは出来たモチーフをつなぎ合わせて一枚のブランケットを作るつもりだった。


 いつも授かるのは突然で、何の用意もできないままジュリアの手から離れていく。

 今度はたくさん準備をしてあげたいと思うようになった。

 手始めに純白のブランケットを編み始めている。


 ゴドリーでマーガレットと過ごすうちに編み物や刺繍がだんだん楽しくなった。

 今は何もやることがないせいもあるけれど、悪意の目に囲まれて縮こまっているよりましだ。


 人払いをしてひとり黙々と編んでいたが、風が花の香と草木の匂いに誘われて手を止める。


 もうすぐ十九歳になる。

 そして、マーガレットの命日がやってくる。


 流れる雲を目で追いながらジュリアは無意識のうちに歌いだす。


 マーガレットと芝生に寝っ転がって歌った数え歌とか、カタリナがキタールを弾いてそれに合わせて覚えた古代語の聖歌。


 自然を賛美して、毎日の暮らしを唱え、今を生きよう、そんな歌などを。


 次から次へと、思いつく限りの歌を空に向かって唄う。



 ねえ、マーゴ。

 貴方のそばへちゃんとたどり着いたかしら。


 私の三人目の子供、エヴィは。



 姉夫婦が考えていた女の子の名前をジュリアは薄桃色の布に縫い付け、土の民に託した。

 春の訪れとともに咲く黄色い花を散らして、春告げ鳥も飛ばして。


 『命』という名を記すように。


 エヴィが去った途端に悪阻が終わり、そこでようやく縫い始めた愚かな母であることを詫びながら。




 涙が頬を伝うままに、ジュリアは空を見上げたまま歌い続ける。

 無力なジュリアにできるただ一つの弔いだった。


 そんな妻の姿を夫が離れた木陰からじっと見ているとも気付かずに。



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