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いつも いるよ



『つちの、たみ…』


 古代語を復唱し、ジュリアはようやく気付いた。


 スカートの上に走る文字は砂でできている。

 彼らは土の精霊なのだ。


『私には魔力がほとんどないのにどうして…』


 それゆえにわが身を護る術がない。


【ぼうや すくすく まいにち ごきげん】


『坊や?』


【われら ちょこっと つち あれば どこでも いける】


 ぽんぽんぽんとさらに豆粒たちは三つ増え、『はうー』と挨拶らしきものをした。


【ぼうや おひめさま つながってる】


「……っ!」


 ジュリアは片手を口に当てる。


 声に出してはいけない。

 ここは、油断ならない場所。


 古代語を学んで良かったと、ゆるゆる息を吐き出し、小声で尋ねた。


『あの子は、元気にしているのね?』


【ぼうや あに あね おじ おば じじ ばば おくがた おっと みんな なかよし】


「よかった…」


 育ててくれている家は大家族なのだろうか。

 それならば寂しい思いをすることもない。


【おくがた きたーるのこ おひめさま しんぱい】


『キタール…』


 もしかして、カタリナのことだろうか。


 ライアンは土魔法の使い手の家へ預けられ、カタリナともつながりがある、そういう意味なのだろうか。


 豆粒たちはみな両手を身体の真ん中にあてて、つぶらな瞳でジュリアを見上げた。



【だから われら きた いつも いる よ】


「いつも…」


 いる。


 そばにいてくれるのか、この小さな精霊たちは。


『あり…が、とう…』


 口に手を当てたまま嗚咽を飲み込もうとする。

 でも、涙が勝手に零れ落ちてしまった。


 ぱたぱたと落ちる涙をちょこっとたちは慌てた様子で両手を上げて受け止めようと、ジュリアのスカートの上で右往左往する。


「ふふ…。ふふふ…。かわいい…」


 涙を流しながら、ジュリアは笑った。


【おひめさま】


 しずくが身体にかかっても、彼らは消えない。


『ありがとう。ちょこっとの皆さん』


 ジュリアに秘密の友達が出来た。




 それから数日後の朝の事に事件が起きた。


「〇〇様。おはようございます。お着換えをいたしましょう」


 相変わらず慇懃無礼な侍女の一人がにやにや笑いながらやってきて、いつも通りにコルセットを締めた後、ドレスを着せかけた。


「あらあ。どうしましょう。このままでは着付けが完了しません」


 大げさに声を上げる。


 実際のところ、料理が口に合わないジュリアは胃腸の調子が悪い日が続き、痩せていく一方にも関わらず、ドレスが入らないと主張していた。


 おそらく、さらに縫い縮めたのだろう。


「コルセットをもっと締めねばなりませんわ」


 乱暴にドレスを脱がされ、コルセットの締め直しにかかった。


「さあ、〇〇様」


 そう言って、侍女は紐を引っ張りながら、ジュリアの背中に思いっきり靴底を打ち付けた。


「あっ!」


 思わず声が上がる。


 身体の中で、パキッと音がしたような気がした。


 全身の血がさあっと引いて、ジュリアはふらりとよろめいて床に倒れ込んだ。


 きゃっと他の侍女たちの声が上がるが、それは悲鳴ではなく、歓声。

 くすくすと笑い声があがる。


「しっかりなさいまし。この程度で…」


 そのままぐいぐいと足で踏みつけられている最中に、部屋の中に竜巻のような風が起きた。


「は…?」


 カーテンもリネン類もテーブルの上に放置されたままのほとんど手を付けられていない朝食も、みな、強風にあおられ飛んでいく。


「きゃあああっ!」


 傍観していた侍女たちは悲鳴を上げ、コルセットを締めている侍女はジュリアを踏みつけたまま固まっている。


「…お前たち。このざまはなんだ…っ!」


 風がやんで皆がようよう目を開くと、そこには黒い騎士服のミゲルが怒りに顔を赤らめ、立っていた。


「あっ…! これは、奥様が着付けの最中に倒れ込まれて、巻き添えで…」


 侍女は慌てて足をどけたが、ジュリアは息ができず、ひきつけを起こす。


「ジュリア!」


 ミゲルは侍女を突き飛ばし、妻を抱き起こしたが、膝に乗せた途端「かはっ」と血を吐いた。


「ジュリア、ジュリア! 今すぐ医師を、バレリアを呼んで来い!」


 突き飛ばされた侍女は大理石の柱に強く打ちつけられたのか、頭が不自然な方向に曲がったまま糸の切れた操り人形のように転がっている。


 残りの侍女たちは手を取り合って床に座り込み、がたがたと震えるしかなかった。



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