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竜王の婚礼




 サルマン国の王宮内にある教会の中はかつてなく、白い薔薇とその香りに埋め尽くされていた。


 どの花も完璧な状態で飾られ、いったいどこからこれほど見事な薔薇をかき集めてきたのだろうと、参列している高位貴族たちは驚きを隠せない。


 ここで今から、サルマン国において指折りの貴族であるクラインツ公爵の末妹ジュリアと、エスペルダ国最強の騎士ミゲル・ガルヴォ公爵の婚礼が執り行われる。


 まだ幼いジュリアをミゲルが見初めてからおよそ十年後。


 ミゲルは二十七歳、ジュリアは十八歳となった。


 心無い噂を払拭するために必要な時間と言える。



 王族たちが席に着き、大司教が聖壇に立つと、ミゲル・ガルヴォが入場した。


 見事な装飾がほどこされた黒衣に身を包んだミゲルは鍛えられた身体と凛々しい顔立ちに加えて二十代後半ならではの色香も漂い、男を知る女性たちは扇で口元隠し、感嘆のため息をつく。


 癖のある艶やかな黒髪も鋭いまなざしも、竜を操る男ならではだと花嫁を羨ましがる。


 しかも、この花を贈ったのはミゲルだと言う。

 その財力の凄さもまた。

 彼の魅力の一つとなった。



「今日、このめでたい日を迎えられたことを我々は嬉しく思う」


 王命で婚約を結ばせてから今までたっぷりとガルシア家から贈り物をもらい続け、先日も価値の高い宝玉で飾られた錫を受け取った王はそれを手に高らかに婚礼の開始を宣言する。


 侍従の号令により身廊に現れたのは、クラインツ公爵に手を引かれた花嫁。


 彼女は十代半ばから病気を患い療養生活が続いていた為、現在の容貌を知る者はほとんどいない。


 長いヴェールに全身を隠されてしまい定かでないが、長身である若き公爵との対比で小柄で華奢な女性ということだけはわかる。


 花嫁衣裳を用意したのはゴドリー伯爵家。

 長姉マリアロッサの嫁ぎ先でジュリアの療養先と噂されている。

 彼らはゴドリー家の席に座り、静かに花嫁の姿を見つめていた。


 身廊を挟んで向かい側のやや下座にいるのはストラザーン伯爵家。

 嫡男エドウィンの隣には秋に同じくここで婚礼を挙げる予定の婚約者が立っていた。

 一年ほど前にダルメニ侯爵の養女となったカタリナという令嬢。

 濃い青色のドレスを身にまとい、結い上げた髪につけた同色の小さなヴェールで軽く目元を隠していて、顔立ちは分からぬが気品ある佇まいだった。



 ようやくクラインツ兄妹が聖壇前で待つミゲルの元へたどり着き、儀式が始まる。


 誓いの言葉も指輪の交換も署名もありきたりな婚礼の進行のなか、誓いの口づけは、後々までの語り草となった。


 ヴェールを上げ、現れた花嫁は清らかで美しくまるで白い薔薇の精霊のよう。


 感極まった花婿は長い口づけをしてしまい、初々しい花嫁は気を失った。


 そばにいたクラインツ公爵、そしてベンホルム・ゴドリーが慌てて駆け付けたが、ミゲルは彼らに指一本触れることを許さず、三人で揉めていると花嫁が意識を取り戻した。


 結局、花嫁は長年仕えてくれた女性の護衛騎士に抱きかかえられて退場することとなった。


 そして。

 続いて王宮にて行われた祝いの宴に新婦が現れることはなく。


 ひな壇にはミゲルをベンホルムとクラインツ公爵ががっちりと挟んで座った。


 ミゲルは美しい男だが、ベンホルムは牡牛でクラインツ伯爵は鷲のような見た目で、その様は異様だった。


 周囲が戸惑うなか王と大公がめでたいめでたいと無礼講を勧め、どんちゃん騒ぎの末に夜が明けた。


 そして翌朝。


 徹夜の酒宴にも屈しなかったミゲルは隙をみてジュリアのみを翼竜に載せ、エスペルダ国へ連れて行ってしまった。



 用意された嫁入り行列は慌てて後を追うことになり、それが痛恨の極みとなる。




 エスペルダ語はサルマン国の言葉と文法と単語の構成は似ているが、発音がかなり異なっていた。


 大昔は同じ言語だったのかもしれない。


 しかし、同じスペルであっても発音が違うと会話も齟齬が生じる。


 さらに気候や地形の違いから生活習慣がかなり違い、食の好みや人々の性質も変わってくる。


 母親に愛玩動物のような扱いで育ち、さらに思春期の大切な時期を幽閉状態で過ごしていたジュリアは、人との関わりにおいての経験と知識がほとんどない。


 マリアロッサたちから多くの事を学んだが、実際に生活するとなると別だ。


 全てにおいて好意的で献身に満ちたゴドリーの使用人たちに囲まれた暮らしから、一転して敬愛する竜王をたぶらかした魔女として花嫁を歓迎していない世界へ。


 ジュリアはそんな中にたった一人で放り込まれてしまった。







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