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三つで一つ



 目を閉じて。

 開いて。


「これは…。いったい…」


 白い靄の中にヘレナはひとり立つ。


 何かに引っ張られている感覚にふと両手をかざしてみるとそれぞれの中指に金色の糸が結ばれていた。


 右手の糸の先をたどれば、調理台の前で懸命に片手鍋の中を木べらでかき混ぜている『自分』がいて。


 左手の糸の先には、花畑にぺたりと座り宙に浮かぶ幻燈を見つめている『自分』がいた。


 どちらも『自分』で、中指に結ばれた糸でつながっている。



『そう。どれもお前なの。三つで一つ』



 菓子作りに挑戦しているのも、叔母の過去を覗き見しているのも、それらを見つめるだけしかできない『自分』も。



「水分…。加熱が足りないのかもしれない」


 先に入れた材料を沸騰させていったん火からおろし、小麦粉を混ぜ合わせて練りながら右手のヘレナは呟く。




「ミゲル・ガルヴォ…」


 両手をあわせて強く握りしめ、はらはらしながらも幻燈の世界にすっかり入り込んでいる左手のヘレナ。



『どちらでもないお前はどちらも見て感じるがよい』



 ノラの声に、ヘレナは両手を合わせ、ゆっくりと目を閉じた。






「願いを聞く代わりにこちらも条件がある」


 漆黒の髪と瞳を持つ精悍な顔立ちの青年は言い放つ。


 ミゲル・ガルヴォ公爵。

 世界最強と謳われた翼竜騎士団の頂点に立つ、エスペルダ国の宝。



「この屋敷から男は全て去ってもらおう。老人子ども、獣ですら許さん」


 そして、難しき心の持ち主。

 全ての雄の存在が許せない。


「リチャードは甥であり、まだ何もわからぬ幼子ですよ。しかもこの護衛騎士はもう四十を過ぎて孫までいる者です。それに力仕事や雑用、そしてなにより警護に男手は必要でしょう」


 もとより離れに関わる人間は女性ばかりだったが、男性を排除するなど、貴族の屋敷では無理な話だ。

 伯爵家の騎士たちや侍従、料理人たちなど何十人もの男たちが敷地内の宿舎で生活している。


「私の魔術で完璧な防御網を作る。警護の騎士はいらない」


「しかし、本邸の方はそれでは回りません」


 マリアロッサが説得しようとするが、聴く耳を持たぬのは明らか。


「あの…。大変失礼ですが、私に発言をお許しください」


 静かな声で割って入ったのは、カタリナだった。


「良かろう。ただし繰り言などは許さぬぞ」


「では、提案をさせてください。ブライトン子爵家は現在、王宮近くに本邸を構えておりますが、これを近々処分する予定でありました。これをミカエル・パットの行いに対するお詫びとして、ジュリア・クラインツ公爵令嬢の保護者であるゴドリー伯爵へ譲渡したいと思います」


「は…?」


 ブライトン子爵家はサルマン国で最も財力のある家で、様々な事業展開により国への貢献を鑑み、伯爵もしくは侯爵の爵位を貰う直前であった。


 現在の本邸は没落した高位貴族の屋敷を買い取ったもので、国内で指折りの広さと立地を誇る。

 資産価値は計り知れない。



「近々、祖父または父が正式な訪問にてご相談させていただくつもりでありましたが、今ここで私が話をした方が良いと判断いたしました」


 スカートの裾を両手でつまみ、片足を引いてマリアロッサとミゲルに向け、深々と礼をした。


「ゴドリー伯爵家の拠点をそちらへ移し、いったんこちらの本邸は空の状態にされてはいかがでしょうか」


 ゴドリー伯爵家の敷地も広大だ。

 それにもかかわらず離れのみの生活をカタリナは提案した。



「護衛に関しては、私付きの女性騎士たちが大変優秀なので彼女たちを推薦します」


 隣に立つ浅黒い肌を持つ護衛兼侍女が胸に手を当て、深く頭を下げる。


「マレナ・スミスと申します。もし承認いただけるなら、本日よりジュリア・クラインツ公爵令嬢の専属護衛に就かせていただきとうございます」


 二人の間でいつの間にか話がついていたらしく、カタリナはあっさりとマレナを差し出した。


 そして。


 三頭の竜は飛び立ち、宙で消えた。



 そして間もなく都の中での珍事が人の目を惹くことになる。


 豪奢を極めたブライトン爵の邸宅で人と荷が出たり入ったり、まるで蜂の巣を突っついたような状態となり、半月ほどののち静かになった。


 気が付くとブライトン子爵たちは多くの使用人を手放して小さな別宅へ移り、屋敷はゴドリー家の居城に変わった。




 ベンホルムが去るとすかさず、ミゲル・ガルヴォは人には見えぬ黒い茨でゴドリー伯爵邸を囲んだ。


 そこは闇の魔法が緻密に張り巡らされた檻も同然で、あらゆるものを撥ね退ける。


 野鼠どころか虫すら雄は入れない。


 竜に愛でられすぎた鳥の籠となった。




 荒涼たる花畑にカタリナ・ブライトンは佇む。


 その瞳の先には竜に踏み荒らされた足跡。


 今は鳥の声も聞こえない。





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