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ノラの思惑


 三つのレシピにそれぞれ目を通して、ヘレナは説明があまりにも簡潔すぎることに気付いた。


 材料を合わせて混ぜあわせるとか、鍋に入れて火にかける、くらいしか書かれていない。

 窯に入れる時の火加減も同様に。


 ちらりとノラを振り返ると、彼女は膝に乗せた黒猫と鼻歌を歌いながら仲良くお遊戯中である。


 色々と、試されているのだろう。


 ヘレナは軽く深呼吸をした。


 彼女は一発で成功しなければならないとは言わなかった。

 満足させるまで…ということは、何度でも作り直ししても構わないのだろう。


 そうなると、やはりクレーム・パティシエールの皮の部分、パータ・シューをまずは作ってみようと、腕まくりをする。


 片手鍋の中に水、牛乳、バター、塩、砂糖を入れてストーブの天板の上に載せた。


 ヘレナの挑戦が始まる。


 少し離れたところから眺めているノラはにたり、と笑った。





「…うまく、いかない…」


 ヘレナは座り込んで肩を落とす。


 生地作りはあるゆるところに落とし穴があった。


 生活に密着した庶民のパンとケーキはたくさん作ったが、お洒落な菓子とは無縁だ。

 コツがつかめず先へ進めない。


 手探りの状態なので仕方ないのだが、材料がもったいないし申し訳ない。


 落ち込むヘレナの元へノラがふらりとやってくる。



「まあまあ。がむしゃらにかき混ぜても疲れるだけよ。ちょっとこれをお食べ」


 またもや口の中に爆ぜた玉蜀黍が放り込まれた。


 足元でネロがまたにゃごにゃご抗議していたが、もう今更何粒食べたところで同じだろう。


 ヘレナは素直に味わう。


「…あ。今度は甘い味付けですね」


「そう。カラメルね。私は塩味が好きだけど、まあ交互に食べるのもオツな感じでなかなか」


 そう言うと、ひとかけらのバターを溶かした深い片手鍋に乾燥玉蜀黍をひと掴みざっと放り込んだ。


「見て、面白いのよ」


 飼料でよく見かけるその粒は、しばらく火にかけるとポン!と弾けて小さな綿の実のように白い見た目になった。


「わあ…」


 ポン、ポン、ポンと立て続けに鍋の中で弾けていく。


「私たちは花が咲いたって言っているわ」


 静かになったら火からおろして器に移し、仕上げに蜂蜜と塩とシナモンパウダーをかけた。


「出来上がりよ」


 食欲をそそる香りで、うっとりしてしまう。


「そうですね。まるで花が咲いたようです」


 そこでふと、ヘレナは気づく。


「決め手は、水分…ですか」


 これを初めて見た時に、ノラは説明した。

 火にかけることで玉蜀黍の中の水分が破裂すると。


「まあ、そうね」


 やはり、ノラはヒントをくれたうえで促しているのだろう。


 考えろ、と。



「話が変わるけれど貴方。よくよく見てみるとまるで糸巻きみたいな娘ね」


「…え?」


「色々な因縁が絡んで、まあ、面白いったらないわ。ここに来たのはお猫様の腹いせと思いきやとんでもない。寂しがり屋の家の導きだったなんて」


 うふふとノラが唇に指を一本あてて笑った。


「貴方、あそこから来たのね? マーゴとリラの部屋がある家」


「……っ!」


「よおく、知っているわ。キャス、知恵の女、竜の男、愛の女…、精霊たち、それに頑強な女。それと、闇に落ちた女たちもね」


 ノラは唇に当てていた指をすう…と高く上げてゆっくりと円を描く。


「せっかくだから、貴方も観ていくといいわ。作りながらね」


「ノラ様?」


 円の中に何か幻燈のようなものが見える。


「あの、ノラ様。これを見ながら作るのは…。ちょっと無理なのでは」


 そもそも、初めて尽くしで躓きっぱなしなのだ。


 手元に集中しないといつまで経っても出来上がらない。



「大丈夫、大丈夫~。細かいことは考えないで。ここは色々アリな世界なの。私たちの好きなように出来るから」


 ぽんと背中を叩かれ、ヘレナは少し前へつんのめる。


 途端に、不思議な視野が広がっていく。



 見えるのは、踏みつぶされて荒れた花畑に一人佇む豊かな金の髪を背中に流した美しい少女。


「まさか…」


 おそらく、叔母であり母となったカタリナの、少女の頃の姿だ。


 まだ幼さの残る顔立ち。

 しかし、彼女の瞳には決然とした光が宿っている。


「ノラ様…」


 どうすればよいのかわからない。


 困惑するヘレナの頭の中にノラの声が響く。




「何にも執着しない、愛と距離を置く娘。疲れ果てたお前に、贈り物をあげよう」



 それは、神のようであり、魔のような。

 畏れ多い音だった。




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