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ご機嫌斜めな道案内猫



 糸を紡いでいる最中にネロが少し大きめになってぴったりとくっ付いていてくれたせいか、身体が温まり、次第に眠気が襲ってくる。


 時折、ぱちとり弾けるストーブの中の薪。

 からからと乾いた音を立てる糸車。

 繊維によりをかけて、つむに巻く。

 ハンドルを回して、止めて。

 逆回転させて。


 単調な作業を繰り返すうちに、ヘレナは夢とうつつの間を振り子のように行ったり来たりしていた。




『びゃーう』


 靄の向こうで、猫が高らかに鳴いている。


 あの、少ししゃがれ気味の声はネロだ。


 身体が重い。

 指一本動かすのも億劫だ。


 でも、ネロが呼んでいる。

 行かないと。


「よい…しょっと…」


 手をついたのは飴色の床でも、敷いていた毛布でもなく。


 上下感覚がおかしくなりそうな白い何か。


 これに似たものを覚えている。

 前は雨雲の中にいるような、鈍色の世界だったけれど。


 一度目を瞑り、ヘレナは立ち上がった。



『びゃっ』


 気が付くと、目の前に黒猫が座っていた。


 たしーん、たしーんと白い世界の地面らしきものを長い尻尾で叩き、どこか不機嫌そうだ。



「ネロ。どうしたの?」


『びっ』


 短く答えたネロは背を向けると、てくてくと歩き出す。


『びゃお』


 戸惑って眺めていると、ついて来いと言うように一度振り返った頭を前に向ける。


「今夜は、人間語で喋ってくれないのね…」


 まっすぐに立った黒い尻尾の先だけがぷるると小刻みに揺れた。


 よくわからないが、ネロは大絶賛ご機嫌斜め中のようだ。

 しょんぼりとヘレナは後を追った。


 何度か後ろから話しかけてみたものの、ネロはただただ黙って歩く。

 時折、尻尾が大きく揺れたり、ぴんと立ったり。

 ネロの複雑な胸の内を表しているようで、ヘレナはついていくしかなかった。


 どれくらい歩いただろうか。


 次第にもやが薄くなってきたことに気付いた。


 急に視界が開ける。



「わあ…」


 思わず、ヘレナは感嘆の声を上げた。


 目の前に広がるのは色とりどりの花咲く楽園。



『びゃお』


 緑豊かな草原の中にネロは飛び込み、突然駆け出した。


 彼の目指す先には、こんもりと何かが見える。


 大きな絹のクッションがいくつも転がっていて。


 三人の美しい女性が。


 べろんと怠惰に横たわっていた。



「あら」


 ネロの気配に気づいたのか。

 身体を起こして座り込んだ女性は、目の覚めるようなオレンジ色の瞳を見開き、あんぐりと口を開けた。


 マンダリン・ガーネットのような透明な瞳と乳白色の肌、そして金の絹糸のような髪の上にはカモミールの花冠。


 身に着けているのはシュミーズドレスのような、いや、宗教画に出てくる女神のようにゆったりと流れるような衣装。



 そして。


 その長くて美しい指先には一本の揚げ芋がつままれていた。



 ヘレナは二度、瞬きをした。

 間違いない。


 しかし、その超絶美女は今、まさに揚げ芋を口に放り込む直前だった。


「うーん」


 小さく首を傾げ、手元の揚げ芋とヘレナと何度か視線を往復させたのち、薔薇色の唇の中にそれを放り込んだ。


 口を閉じてもぐもぐもぐとしばらく咀嚼して飲み込むと、何事もなかったかのようににこりと笑った。



「いらっしゃい、小さな娘。お前の用事は何かしら」


 彼女の左右で思い思いに転がっている美女たちは、規則正しく、可愛らしいいびきをかいていた。


 近くに置かれた低いテーブルの上には揚げ芋と魚のフライらしきものと、見たことのない白い綿の粒のようなものが器に盛られている。


 他にはとりどりの果物と飲み物が入っているゴブレットが複数。



「ちょっと退屈していたのよね。歓迎するわよ?」


 長い睫毛に縁どられた瞳を片方だけ、器用に閉じて見せる。


『びゃーう』


 いつの間にかネロはその不思議な美女の胡坐の真ん中に収まり、膝に顎を載せていた。

 ご機嫌である。



「あの…。おくつろぎのところお邪魔してすみません。私はヘレナと申します。その子の後を追ってここまで来てしまい、何が何だかさっぱりで」


 正直に答えると、女性は声を上げて笑う。


「いいわね、それ。たまにはいいわあ、そういうお客さん」


 膝の上のネロの黒い毛皮をわしゃわしゃと乱暴に撫でて、彼女はオレンジ色の瞳の光を強めた。



「私の名前はノラ。仕事と趣味が覗き見なの」



「趣味と、仕事が、のぞきみ?」


 困惑するヘレナの周りを黄色の蝶たちがぴらぴらと舞った。




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