二人の少女 ③ ~夢見る令嬢~
「もちろん長兄たちはすぐにその仮面舞踏会と『ハンス』について調べたけれど、これが意外と難航したのよね」
何故ならば。
まず、舞踏会の主だった関係者はとっくに国外に逃亡していた。
あらゆる手を使ってなんとか馬車と御者を提供していた商会を見つけ出し、ようやく小切手の存在を突き止めた。
名義はハンス・ブライトン子爵令息、十五歳。
親の持つ莫大な財産と、目の覚めるような金髪と青い目そして中性的な美貌はフォサーリ侯爵家の血筋ならではで、学校では有名だった。
十四歳の箱入り娘が『王子様』というのもうなずける。
小切手の使用履歴を調べると一か月ほどの間、それを使って方々でかなり派手に遊んだことが分かった。
ところがブライトン子爵家を訪ねるとハンスは夏季休暇の前から学校を休み、実業家である父親に伴われて遠い国を回ったまま不在であることが発覚した。
即刻帰国することをブライトン家へ要請し、連絡を待つ間にもう一度小切手から調べ直すと、使ったのは同年代の少年だが、容姿がバラバラであることも判明した。
そして、偶然なのかその仮面舞踏会の数日後くらいから小切手の使用はパタリと止まった。
盗んだものなのか、それとも。
頭を抱えている間に無情にも時は過ぎていく。
一方、緩すぎた公爵家とは違い、真夜中に娘が見知らぬ人に付き添われて帰宅したそれぞれの家の当主たちはすぐに動いた。
未成年が仮面舞踏会へ足を踏み入れた。
事がことだけに、とても主家に言い出せることでない。
まず、公爵家には令嬢たち縁者の一人や二人は中級または上級使用人として屋敷で働いている。
彼らに連絡を取り、公爵令嬢の無事の帰還と公爵家の変わらぬ日常を聞き出した彼らは、事が発覚する前に手を打つことにした。
無傷だった二人の少女の家はそれぞれ婚約相手へ何も聞いてくれるなと多額の口止め料を積んで表向きは病気療養を理由に関係解消し、限りなく平民に近い親族の元へ娘を転籍させられた。
もう一人は精神的に不安定になったため、山奥にある女子修道院付属の療養所へ入れられた。
ちょうど女学校は長期休暇に入っていたのが幸いして何も知らないジュリアはゆるりと夢を見て過ごし、仮面舞踏会へ同行した三人の令嬢がそれぞれ突然領地へ行くといつになく丁寧な別れの手紙を送って来た時も、事の重大さを理解できていなかった。
ただただ思うのは。
素敵なダンスと甘い囁きと優しい口づけ。
そして、女学校では習わなかった、異性との未知のふれあい。
仮面を取った『王子様』は、それはそれは美しい人で。
別れ際に「また会おう。いつか」という言葉を真に受けて、彼が自分を見つけ、花束を抱えて現れるのを夢に見て素直に待っていた。
しかし待ち続けているうちにだんだん食欲がなくなり、ある日貧血を起こして倒れ。
妊娠が発覚したというのが顛末だ。
「ジュリアの身体はまだ未成熟で。当時国で使われている堕胎薬は年齢の低い少女には耐えられない副作用がでるものしかなかった。それにジュリアは産みたいと言ってきかなかった」
事を知った実の母親は半狂乱になるばかりで害にしかならず、長兄たちは鎮静剤を飲ませて厳重に見張りを付けた離れに押し込めた。
ジュリアが八歳の時に婚約した相手は国の南と接するエスペルダ国の公爵であるミゲル・ガルヴォで、十歳年上。
国交問題にも波及する可能性はあるが隠してはおけず、すぐに次兄が直接謝罪に向かって事の次第を説明し、婚約破棄と賠償を申し出た。
しかし、ミゲル・ガルヴォは頑として婚約破棄をはねつけた。
むしろ腹の子ごとジュリアを即刻寄こせと言ってきた。
考えてみれば、幼いジュリアに懸想して国を動かし政略結婚を結んだ男だ。
婚約を了承した親たちはなぜ、この異常な執着に気づかなかったのだろう。
そして。
そもそも、ジュリアが恋愛に途方もない夢を抱いた原因は、ミゲルとの婚約からの逃避でもあったのではないかと今更ながら思い至った。
たとえこちらに非があろうとも、妹を今渡してはならないと次兄は直感し、長兄にジュリアを隠すよう密かに連絡した。
クラインツの人々で知恵を絞り、行きついた先が都のゴドリー伯爵家。
マリアロッサの住まいだったのだ。
「そう言えば、ゴドリーの義父も病床に就いていたから、何をどう考えたらうちに預けるのが最良なのか? と、思わず長兄の胸ぐらをつかんだのだったわね…」
それでも。
蓋を開けて見れば、最善で、最良だった。
当時ゴドリー伯爵家に敷いたベンホルムの護りは堅牢で、王宮以上だったと言える。
塀の中の花畑では少女たちのひそやかな笑い声が風に溶けていく。
マーガレットとジュリア。
二人は、唯一無二の、一生の友を得たのだ。




