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マリアロッサの来訪


 次の日にやって来たミニミニミニ族は『のんびり』という子で『しずしず』と仲が良いらしく最初はおっとりとしていたが、やはり得意分野と対峙すると人が変わったようにてきぱきと動きだした。


 彼は離れの測量と記録をきっちりこなし、ヘレナの要望とミカの見解をしっかりと聞いた後、のんびりとボイルドフルーツケーキをほおばり『ほわん』と笑って小さなヴィオラを頭のてっぺんに一輪咲かせ、ヘレナ作刺繍ハンカチを首に巻いてもらうとゆるりとしたスキップをしながら帰っていった。



 こうなると、毎日ミニミニミニ族が御用聞きにやってきて頼んだ仕事を終えたら軽い食事をして、ハンカチを首に巻いて帰るのが決まりとなっていく。


 さらに次の日は『まったり』と『ちゃきちゃき』と『てきぱき』の三人がまとめて現れ、立ち合いのために呼び出されたシエルは椅子を二脚作れとせがまれた。


 彼が小さき民たちの依頼に応えて大工仕事をしている間に、はなれの地下の染色室は完成した。


 糸を洗う水場も煮るためのコンロもほし竿も無駄のない動きが出来る配置で、壁には材料の保管棚や記載台なども据えられ、完璧な作業場だ。


 働き者の三人は仕事が終わると小さな椅子にちょこんと並んで座り、たっぷり肉の詰まったコーニッシュパスティと苺のソースをかけたキャッスルプディングをお腹に納めると、それぞれ違うセージの生えてとりどりの花が開いてそよぐ。


 ハンカチを首に巻くと輪になって踊ってくれた。




 そして翌日。


 ヘレナは離れの一室で大きなテーブルの上に図案を広げ、使う糸の確認作業を始めた。


 縫い物の下請けをやっていたから仕事の手順としておおよそのことは分かるが、今回はヘレナ・リー・ストラザーンへの指名。

 試作品とは言え、気軽に始めるわけにはいかない。


 今更気づいたが、王妃陛下は素人であるヘレナに小規模のタピスリーを織らせることで経験を積ませようとしてくれているのだ。


 技術だけでなく、仕事をする一人の人間として。


 感謝の気持ちを込めて糸を丹念に選ぶ。


 クリスと話し合って決めた図案は色々盛り込み過ぎたせいで複雑になり難易度が上がってしまったけれど、フウとライたちの愛らしさを表現できれば善いものになるだろう。


 テリーが奔走してくれたおかげで隣の倉庫室に納められている糸の種類はもはや王宮の工房並みと言って良い程だ。


 それらの一部を朝の光が差し込む部屋で手にとってはノートに書き込んでいく。



「ヘレナ、ちょっといいかい」


 ノックと共にミカが部屋に入ってきた。


「マリアロッサ様がお越しになった」


「あら」


 前触れもなかったので、ミカも困惑顔だ。


 二人とも、作業着のままでとても侯爵夫人の前に出られたものじゃない。


「突然の訪問だから、そのままの格好で良いとは言われたけどね。とりあえず二階のサンルームにお通ししたよ」


「ありがとう、ミカ。地下から行きましょう」


「うん、アタシもそうしたよ。断然早いからね」


 とにかく急いで地下道を目指した。




「ごめんなさい、忙しいなか突然伺って」


「いえ、こちらこそお言葉に甘えてこのような姿で失礼します」


 テーブルの上には紅茶のセットとプラムブレッド、そしておそらくマリアロッサが土産に持ってきてくれただろう上品な菓子が載っている。


 シューアラクレームという軽い生地に滑らかなクリームを詰めたものと、猫の舌という薄く平べったいクッキーだった。


 ミカが大急ぎで体裁を整えてくれている間に、少し小綺麗なワンピースに着替えてヘレナは挑むことができた。


「今日は小さなお友達は来ていないの?」


 首をかしげてヘレナの近くの床へ視線をやるマリアロッサに、なんのことか合点がいく。


「ミニミニミニ族ですか? 昨日まとめて三人来ていっぱい頑張ってくれたのでしばらくお休みです」


「あら、残念だわ。リリアナ様から可愛らしくて楽しい子たちだと聞いていたから、ついでに会えたらと、ちょっと期待していたのに」


「あの、リリアナ様とはどのような御方ですか?」


「ああ、ごめんなさいね。ライアンの母親で前のホランド伯爵夫人のことよ。私より少し年上だけど可愛らしく、誠実な…信頼のおける人物よ」


「そうなのですね。そういえば、ミニミニミニ族の族長がライアン様に奥様とお会いするよう説教していました」


 ヘレナの言葉に、マリアロッサは口元を抑えて嬉しそうに笑う。


「本当に、ホランド家には頭が上がらないわ」


 しかし細められた目の奥に宿る色から、彼女の訪問は単なる気まぐれではないとヘレナは感じ、次の言葉を待つ。


「ヘレナ嬢。今日は一つ提案…というよりもお願いね。ぜひとも頼みたいことがあって来たの」


「はい。私のできる事でしたら」


「おそらく今回のタピスリー製作を二階の書斎かあの離れの空き部屋で行うつもりだったのでしょうけれど…」


 そこでマリアロッサは紅茶を手に取り口に含んだ。


「はい。お察しの通りです。とはいえ、まだ糸を選んでいる段階で織機も設置していませんが」


「…間に合って良かったわ」


 ほうと、彼女らしくないため息を一つつくと姿勢を正し、ヘレナを真正面から見つめた。


「貴方がこの二階の二つの寝室を大切に保存してくださったのには感謝しているわ。何も説明していないけれど、事情を察していたのよね?」


 可愛らしい壁紙が貼られ細やかな木工細工が施された上に立派なドレスルームのついた二つの広い寝室。

 どちらも家具は処分され、がらんと空いたままだ。

 だからこそ、深い思いを感じる。


「ええ…まあ…」


 前にシエルたちは言った。


 この屋敷で生と死が同時にあったと。


「サンルームに近い南側の部屋はね。私の妹が一時期身を寄せていた場所なの」


 マリアロッサは囁くように絞り出すように言葉を落とす。


「あの部屋で。タピスリーを織ってもらえないかしら」


 迷いに迷って。


 マリアロッサはここに来たのだと。


 十二月の淡い光の中、ヘレナは知った。




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