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しずしず、しずしずと花を咲かす



「ありがとう、しずしずさん。これで色々試すことができたわ」


『ほわほわ…』


 囁くような微かな声にヘレナの頬が緩む。


 しずしずの仕事ぶりは素晴らしかった。


 同じ染料をくぐらせた糸も、その次に浸す媒染液の性質によって劇的に色が変わる。


 その材料はいくつかの金属によるもので比率が違い、さらにこの工程の繰り返すことによって生み出される色は無限に広がっていく。


 今回試した素材はローズマリーで、鮮やかな緑色や茎を思い出させる色ばかりかふんわりと淡いローズ色の糸を作ることに成功し、ヘレナは歓喜した。


 次回再現できるかはわからないが、念のためにここで行った様々なことをメモに取る。


 そんなヘレナをしずしずは椅子の一つにちょこんと腰かけて見守ってくれた。



「お付き合いいただき、ありがとうございます。ところでハラグロさんは…その後大丈夫かしら」


 くじ引きの八百長が発覚して大目玉を食ったことをシエルから聞いたヘレナはおずおずと尋ねる。


 ぬけがけ行為など仲間内では許されないことだろうけれど、素敵な花輪でプロポーズされたせいだろうか、そんなハラグロを可愛いらしいと思ってしまうのだ。



【だいじょぶ はらぐろ めげない】


 しずしずはたんたんと答える。


【ちょっとは しょんぼりしたけど すぐげんきになって…】


「あら、そうなの」


【ほらんどの すえっこ からかいに いった】


 どうやら気持ちを切り替えて、ライアンの後を追ったらしい。


「まあ…、そうなの…」


 ライアンとハラグロは意外と相性が良いと思う。


 おそらくホランドの大奥様も二人の丁々発止のやり取りを見て笑いだすのではないか。



「よかった。楽しい道中になりそうね」


 もっとたくさん焼き菓子を持たせるべきだったと反省する。



【ところで】


 『ほわ』としずしずがヘレナに問うてきた。


「何でしょう」


【へれな いと そめるの すき? もっと もっと やりたい?】


「ええ。思うようにいかないこともあるけれど、新しい発見がたくさんあって楽しいわ。とはいえ依頼されている機織りが優先事項になるけれど」


 クリスのスケッチが出来上がり図案化され次第、タピスリー製作に取り掛からねばならない。


 しかし、僅かな時間の隙間に糸を染め、それを織り込んでみたいという欲も湧いてきた。



『はわ…』


 染色作業を行った地下の洗濯室には現在、洗濯ものではなく染め上げて絞った糸の束がいくつも下げられている。


 片手を頬に当てしばらく考え込んでいたしずしずは、ふいに小さな目をかっと見開く。



『はわはわ! はわわ』


 いきなり椅子から飛び降りて、しずしずは駆けだした。


 一瞬、翻訳プレートに映ったのは「そうだ! シエル」だったような気がする。


 おっとりと静かな子だが、いざとなったら動きは素早く、小さな身体であっという間に見えなくなった。


「え? しずしずさん?」


 慌てて後を追うと、しずしずは外にいるシエルのローブの裾に飛びつき、熱心な様子で話しかけているところだった。



【はわはわわ、はわはわはわ、はわわわ、はわはわはわ!】


「ほう、なるほど…。冴えていますね、しずしず」


 超高速で話しているしずしずの頭をゆっくりと撫でながら、シエルはゆったりと頷く。


【ほわほわ! はわんはわん】


 大興奮のしずしずの声に、家畜小屋から出てきたミカが目を丸くした。


「どうしたんだい、まるで別人のようだね」


 クリスもスケッチの手を止めて成り行きを見つめている。


「実はですね。しずしずが離れの地下の半分を染色室にしたらどうだろうと言っていまして」


 ミニミニミニ族たちに建ててもらった離れは地下の半分だけ食物類の倉庫とすでに活用しているが、残りは未定で、がらんと空いていた。


「今日作業した場所は手狭だし、専門の部屋を作れば管理もしやすいとのことです」


【ほわ】


 ふしゅーと鼻息のようなものがしずしずの顔面から吹いてくる。


「そりゃ名案だね。材料の管理も離れのほうなんだし」


「え、でも地下には水道施設はありませんでしたよね」


 収納を目的とした離れは別邸違い、最低限の内容だった。


 一階の居間の横に小規模な台所を一つと、各階の階段の踊り場にそれぞれ洗面所程度。


【ほわ!】


「作る、と言っています。次に来る子たちが作業するので、だいたいの希望を紙に書いて、お手紙ボックスに投函してほしいとのことです」


「お手紙ボックス?」


 そのようなものに心当たりはない。


 三人が同時に首をかしげると、シエルはくすりと笑う。



「今から私が作りましょう。ミニミニミニ族とヘレナが直接やり取りできるよう、投函と受け取りができる箱を…。玄関あたりが良いでしょうね」



 シエルの言葉を聞いて、しずしずは両手を上げてぴょんぴょんと跳ねた。


 こうしてシエルの器用な手さばきであっという間に、玄関入って右手の壁に設置されていた小テーブルの横へ飴色の小さなおたより箱が出来上がった。



「使い方は単純です。こちらからのメッセージを紙に書いてこの箱に入れて蓋を閉じると、ミニミニミニ族の族長の元へ届きます。また、あちらからの通信が箱に届いたら、蓋に苺の絵が現れますので、ときどき様子を見てくださいね」


「ふうん、ずいぶん可愛らしいしかけだね」


 ミカがにやりと笑うそばで、しずしずはゆっくりばんざいを繰り返す。


「しずしずさん、シエル様、何から何までありがとうございます」


 ヘレナが頭を下げると、しずしずの頭のてっぺんに小さなスミレが生えて白い花がふわりと咲いた。



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