クリスとシエル、そして土魔法最強説
「そうですか。そんなことが…」
スケッチブックに鉛筆を走らせながらクリスは口元に柔らかな笑みを浮かべる。
「はい。ミニミニミニ族の中でも一番面白い子ではありますが、まさかここまで行動力があるとは思いもせず、さすがの老師も爆笑していました」
近くの椅子に腰かけているシエルも遠くに目をやったまま、くすりと笑った。
二人がいるのは屋外で、テーブルを一つと椅子をいくつか運び出してそれぞれ座っている。
休日の昼下がり。
画材を携えてやってきたクリスは早速スケッチに取り掛かり、シエルはナイジェルたちから預かった双剣とイズーを管理するために傍にいた。
拡張した敷地はさすがに広く、枯れ色ばかりの原っぱを白い狐が二匹、元気よく走り回っては取っ組み合いを繰り返し、それに白い大型犬と黒い猫、そして鴉が参戦している。
フウ、ライ、パール、ネロ、イズー。
種族を越えてのびのびと遊ぶ彼らの姿は愛らしく、タピスリーの題材としてもってこいだ。
もちろん、シエルが結界を貼り認識阻害をかけているので誰が通りかかってもこの光景は一切見えない。
「それで。そのハラグロって子、あっさり引き下がったのですか? けっこう本気のプロポーズだったのですよね?」
クリスはさらさらと紙に彼らの姿を写し取りながらシエルに問う。
「ええ、まあ。ミニミニミニ族の精神的な年齢は人間と違って…。そうですね、あそこで遊んでいる彼らと変わりません。ようは幼子が母親をお嫁さんにすると宣言するようなものなので、少ししょんぼりしますが、執着したりしません。そもそも雌雄の別がありませんし」
「え? 性別なかったんだ…って、すみません」
目を見開いて振り返ったクリスは慌てて鉛筆を持つ手で口を押えた。
「いえ、構いませんよ。楽にされてください」
「ええと雄雌ないなら、彼らは繁殖しないのですか」
「いわゆる交尾や出産はしないのですが、仲間が欲しい場合は作ります。あの家を作った時のような感じで」
ゴーレムたちが踊って歌って別棟が生まれ育ったのを目の当たりにしたクリスは深く頷く。
「ああ…。なるほど」
「ただし大幅に増えることはなく、この世界がつまらないと感じた者から土に戻る、といった感じです」
そのようなわけで、常におおむね三十一人であるミニミニミニ族なのだ。
「それにしてもあの群舞の一体感から、その個性の弾けぶりは想像していませんでした」
「そうですね。『ハラグロ』の次に現れた『キッチリ』は真逆でしたから、ミカも驚いたそうですよ」
翌日現れた『キッチリ』は礼儀正しく几帳面で、お詫びの魔石を抱えてやって来たらしい。
その魔石はネロや家畜たち魔改造生物のおやつだと言うので、ヘレナはありがたく頂いた。
そして、『ずる』をして一番くじを引いたハラグロは、三十一日目に予定している族長『あまあま』の番になるまでここには来られないペナルティを受けているとのこと。
ハラグロがヘレナのそばではしゃいでいる間にミニミニミニ族会議で決定し、今後は公正なるくじ引きでやってくると、キッチリは淡々と説明した。
しかし実際彼の口から出てくるのははわわ語であるし見た目はそのままだしで、ヘレナは両手を頬に当てて悶えっぱなしだ。
ちなみに、その族長あまあま降臨日とは大晦日である。
『さぞ、賑やかな年越しとなるだろうね』とのミカの予想に、誰もが大きく頷く。
「まあ、でもミニミニミニ族の唱える『土魔法最強説』は頷けますね」
ハラグロ達曰く、土のある所ならどこでも彼らは現れることができ、力もほぼ使えるとのことで、言われてみれば、この世界のどこにもひとかけらの土、砂のないところは存在しない。
どんな貴重な魔石も土のある所に埋まっており、自在に見つけ出すことができ、剣を作る石にしても同じこと。
「そうですね。そう言う意味では、ヘレナ様がミニミニミニ族に気に入られたのは大きな後ろ盾となるでしょう」
この国では土魔法は農耕などに特化しており戦いの場面では防御くらいしか使い道がないように思われ軽んじられている。
ホランド伯爵家はこの地味だという印象を逆手にとってゴドリー侯爵の家臣として密かに活躍し、強い信頼を得てきた。
生れた瞬間から親のいないライアンが、そのホランド家へ養子として渡されたのはそういった経緯によるものだ。
「最強の後ろ盾ですよね…。姉さん、うきうきしていたから」
「そうですね。よくよく考えてみれば媒染液も土の管轄ですし」
今日やって来たのは『しずしず』という、比較的おとなしく控えめな子だった。
しかし、ヘレナがお茶を一緒にしながら糸を染める話を始めた途端、生き生きと目を輝かせ、手伝うと手を挙げたのだ。
『しずしず』は金属を取り出すのが得意で、どんな比率の媒染液もすぐに作ることが可能だと言われ、ヘレナは『しずしず』を抱き上げて地下の染色用の部屋へ駆けて行った。
糸を染める過程はまず素材から色素を抽出し、布や糸を抽出した染色液で染め、思う状態になったら引き上げて水洗いをし、媒染液にくぐらせて色を定着させ、もう一度水洗いをし、干してようやく終了となる。
そのようなわけで、昼食から少し遅れて到着してしまったクリスは姉と詳しい話もできないまま、とりあえずスケッチに勤しむこととなったのだ。
どうせ今日は泊まりだ。
あとでゆっくり本人からも話は聞けるだろう。
クリスは再び賑やかな庭に視線を戻した。




