はらぐろ、こんしんのいちげき
「みなさん、さすがですね…」
食堂のテーブルを片付け急遽作業台にして本邸へ持っていく食事の支度を始めると、男性たちは全員手伝うと申し出てくれた。
イズー、ネロ、パール、ハラグロたちは隅の暖かい場所でくつろいでもらうなか、サンドイッチを作って食べやすい大きさに切って紙に包み、バスケットに詰めてと四人はてきぱきと動き、あっという間に整った。
「戦場では自分で飯を調達しないと死ぬからな」
ライアンは肩をすくめる。
「ありがとうございます。おかげさまで予想よりずっと早く、ずっと素敵に出来上がりました」
「別に…。こんなのたいしたことじゃない」
明後日を向くライアンにハラグロが『ぴーぷー』と笛を吹き、また二人の間で軽いいざこざが起きて、ネロが迷惑そうに尻尾を小刻みに振った。
「シエル様も、お昼から今まで…本当にお見事です」
彼に至っては、ミニミニミニ族に頼まれて前の夜に丁寧な出来栄えの組み立て椅子を作っただけでなく、昼食のデザートで出した青リンゴのスパイスケーキも彼が担当したのだ。
思わず見とれてしまうほどの手際の良さだった。
「まあ、私も教会の中で生きるために色々やらされましたからね」
苦笑しながら最後のバスケットの蓋を閉じる。
「これで全部か?」
荷馬車の準備から戻ったヒルが顔をのぞかせた。
結局、念のために飲料水等も運ぶこととなり、けっこうな荷物となっている。
「はい。…ああそうだ、忘れるところでした。ホランド卿」
「何?」
ライアンが首をかしげると、ヘレナは食堂の隅にある棚の抽斗からリボンをかけた包みを持ち出す。
「あの。昨夜、これを作りまして。お母様へのお土産に加えてくださいませんか」
リボンを解き紙を開くと、現れたのは刺繍をほどこされた布だった。
「これって…」
「昨日の顛末を刺しました。ホランド家の皆様のおかげで離れも無事に出来上がりましたので、お礼も込めて」
中心に現実より少し可愛らしい雰囲気の二階建ての家を、そして周囲で踊る三十一人のミニミニミニ族たち、そして苺の葉と果実を散らした図をクロスステッチで描いた。
『ほわ! はわわ、はわわわ!』
椅子に飛び乗って覗き込んでいたハラグロが興奮して手をバタバタ振り回す。
【おいら! おいら いる!】
屋根には族長がタンバリンを振り、家のそばではハラグロが笛を吹いている。
「それと、ハラグロさんにも今日の記念にハンカチをどうぞ。どれがいいかしら」
ポケットに入れていたハンカチを数枚取り出して見せると、彼は苺のモチーフのものを『む』と示した。
「これですね。じゃあ、ちょっと待ってくださいね」
ヘレナは抽斗から裁縫道具を取り出し、茶色の糸を使って素早く細工をする。
最後に少し緑の糸でローズマリーを刺した。
「どうですか。ハラグロさん」
【いい すごく いい】
こくこくとハラグロは頷き、【へれな おいらも くびに むすんで】と身体を寄せる。
「はい。では失礼して」
ヘレナは慎重に手を伸ばして彼の首にハンカチを結んだ。
「できました」
ヘレナがハラグロの手を取り、ハンカチがあることを確認させると、ぺたぺたとしばらく触り、それからゆっくりと彼の目は大きくなっていった。
『むむむむ~、はわわはわわはわはわはわはわ~』
ハラグロは両手を高く上げて叫ぶ。
【おいら! かっこいい! かっこよくなった!】
大喜びのハラグロはいきなり頭に生えていたローズマリーを強く引いた。
背中まで伸びていた長い茎が根元からぶちっと千切れ、宙に放り出される。
「は?」
ハラグロの奇行を目の当たりにしたライアンは口をあんぐりと開けたまま固まった。
『むむむー』
ハラグロが唸りながら両手をぐるぐるとお腹の前で回すと、宙に浮いたままのローズマリーの束がぐるぐると回って絡み合い、あっという間に小さな輪を作る。
『むーん、はわ!』
ハラグロが片手を振り上げると、ぽんぽんぽん、と花が咲いた。
『はわー』
ぴょんと飛んでその花輪を掴むと、しゅたっとヘレナの足元へ降りる。
そして片膝をつき、跪いて花輪を差し出した。
【へれな だいすき おいらの およめさんに なって】
「え?」
ハラグロは真剣だ。
むん、と胸を張っている。
「は?」
ヘレナ以外の人々の声が聞こえたが、足音も荒く駆け寄ったのは黒い毛皮で。
「ふっしゃーっっっ」
ネロが鬼のような形相でハラグロに威嚇した。
「ああ、ネロったら。可愛い顔が台無しよ?」
今にもとびかかろうとする黒猫をヘレナはひょいと抱き上げて背中を撫でる。
「ありがとう、ハラグロさん。私、求愛なんて初めてよ」
『はわ』
目を輝かせるハラグロにぺこりとネロごと頭を下げた。
「ごめんなさいね。ご存じの通り、私は今、リチャード様の妻なので他の人のおよめさんにはなれないわ」
『はわわ…』
両手に花輪を持ったまま、しおしおとうなだれるハラグロを見下ろす大人たちは、複雑な心境だった。
「でも、こんな素敵な花冠。とても嬉しいわ。私がもらっても良いかしら」
『はわ!』
ハラグロはこくんと頷くと、精いっぱい両手を伸ばしてヘレナへ差し出す。
「ありがとう。とても良い香り」
ネロの頭に唇を当て、背中を宥めて降ろした。
両手でそっと受け取り目を閉じて匂いを堪能してから、頭に載せる。
彼の作ったローズマリーの花輪はちょうどヘレナの頭にぴったりだった。
『はわわ~』
ぱちぱちとハラグロが拍手をして、ネロは長い尾をくねくねさせながらヘレナの足元でぐるぐる回る。
「ヘレナ…。あんたって子は」
なんておそろしい。
ミカの心の声を読んだのか、側にいたナイジェルが口元に手の甲を当ててうつむきぶふっと吹いた。




