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それはまるで、ほどけない糸




「それで、皆さんまだ残務処理をされておられると言う事なのですね」


「うん。とりあえず俺だけでも昼飯を食べてこいって言われてさ」


 デザートを出すころにはライアンの心もだいぶ落ち着いてくる。


 せっかくなので苺を使ってアーモンドクリームの中に果実を落として焼いたタルトと、いちごジャムを挟んだクッキー、そして青りんごとショウガとスパイスをざっくりと混ぜたケーキを出した。


 するとハラグロの頭に生えたローズマリーがそれらを口にするたびにどんどん伸びて、まるでロングヘアの人形のようになってしまったが、ライアンもすっかり『慣れ』て、今やパールとネロすら平然とその状況を受け入れぴたりとくっ付き深く眠っている。



「埒が明かないんだよな。俺はリチャード様の命ですぐに里帰りすることになっていたから解放されたけれど、十三人解雇して完全に退去するまで確認しないといけないから」


 去り際に何かを仕込まれないためにも監視は必要で、昨日リチャードの寝室へ強行突破した折に助力してくれたラッセル商会の人材をそのまま臨時雇用し、予想以上に働いてくれているが、焼け石に水なのは誰の目にも明らかだ。


 本邸の使用人は通いを含めて途方もない数なのに、未だ信用に足る者がいない。


 魅了魔法で惑わせているなら解呪のしようもあるが、シエルたちが綿密に調べてもその可能性はほとんどないことが分かった。


 結論としては前から疑っていた未開の土地由来の薬物の使用。


 そして集団心理を利用した洗脳に近い心酔。


 どれも安易な手法に見えるのに、なぜかとらえどころがない。



 僅かに手に入れた証拠はリチャードの飲まされたと思われるモノ、焚かれていた怪しげな香。



 目の前に並べられて使った理由を問われてもコンスタンスはアビゲイルの館の時とまったく同じ繰り言を口にする。


 不眠症のリチャードを心配してのことだと。

 予想より薬が効いてしまったと。

 自分は色街で生まれ育ち貴族社会の規則を知らないのでと。


 涙ながらの言い訳にリチャードは屈し、罰せられたのは明らかな実行犯のみ。

 いまなお、『彼女』は安泰なままだ。


 顔を合わせた瞬間にリチャードの心は再びかの方へ引き戻され、『情』が今回も勝ってしまった。



 下の下の民にとって王や王妃など、教会が説く神のようなもので。

 その存在を肌で感じられないから。

 貴方の言う、不敬、がわからない。

 ごめんなさい、私は貴方の重荷にしかならないのね。


 床に身を投げ出して号泣する恋人に、男は、言葉を失った。




「あの女にいったいどんな魅力があるんだか、本当にアタシにはわかんないね」


「世の中は不思議なもので、なんでこんな明らかにうさん臭いヤツを…と思うようなのが熱狂的に支持されたりするんだよねえ」


 さんざんダバーノン大公とマカフィー分隊長絡みで煮え湯を飲まされ続けたナイジェルがため息をつくと、シエルも深く頷く。


「教会にしても魔導士庁にしても同じですね。清廉潔白であることよりも容姿や耳触りの良い言葉に人は惹かれますし…」


「自分さえ幸せであればそれでいい奴は山ほどいるさ」


 それまで黙っていたヒルがうんざりとした様子で吐き捨てるように言った。



「まるで、からまりきってほどけない糸のようですね」


「あのよろめきっぷりは、不貞に溺れた男の思考回路と似ている気がするのはアタシだけかね」


「不貞…」


 ケーキを皿の上で一口大に切る手を止めてふとヘレナは首をかしげる。


「今になって気が付きましたが、父ハンスのご学友に対する絶対的な信頼と、リチャード様のコンスタンス様への愛はどこか似ているような気がします」


 傍から見れば明らかに道を踏み外している彼らをひたすら慕い、

 都合の良い存在として扱われ、

 内心馬鹿にされているとどこかでわかっていながら、

 目と耳をふさぎ、

 深く考えることをやめ。

 関わりを持つことを望む。


「確かにね。あれも薬物や魅了魔法は一切用いていなかったんだった…」


 たとえ全財産と妻を失っても、消えることのなかった友への執着。



「…でも、なんとなくですが。リチャード様のこれからは違うような気がします。まあ、私の希望する気持ちがそう感じさせているのかもしれませんが」


 嫌がらせを工作した使用人たちの解雇は決定したし、

 ライアンは今ここで食事をしているし、

 彼の里帰りは翻っていない。


 少しは。

 リチャードの中で何かが変わってきているのではないか。


 ゴドリー侯爵夫妻を思うと、そうであってほしいと願わずにはいられなかった。



『はわわ…』


 ハラグロの頭を覆うローズマリーがしおしおと萎れる。


 デザートと紅茶の香りも沈黙の中、重く沈んでいく。



「…ところで、お二人が仕事をしながら摘まめるよう何か用意しましょうか」


 暗い空気を払いのけるようにヘレナはつとめて明るい声を出した。



 ウィリアムたちは本邸で作られた食事に手を付ける事を避けている。


 ライアンが本邸へ戻る時に運んでもらうしかないと思案すると、ミカが身を乗り出す。


「ああそうだね。うちから来た助っ人連中の分も詰めて…荷馬車で出そう。アタシは通用口までしか入れないから、奴らに今後はうちに食べに来るよう伝言してもらえるかい」


「そうでした。そうなると全く足りませんね」


 ラッセル商会から派遣されている人数を指折り数えながら、厨房に残っている料理を思い浮かべた。


 昨日運び入れたおかげで食材だけは大量にある。

 それをどうするか。


「なに、とりあえずはライ麦のパンに何か挟んだやつを渡しておけば十分さ。それにテリーから色々聞いている筈だしね」


 とりあえず、ヘレナたちは大急ぎでサンドイッチを作ることにした。



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