ライアンとハラグロ、そしてウェルッシュラビット
「疲れた…」
ナイジェル達がスープを堪能し皿を空にした頃に現れたライアンは、言葉通り疲労困憊で実際に少しよろけながら食堂に入り、全身を投げ出すように手近な椅子に収まった。
『はわはわ…』
「…は? 今、はわわ語が聞こえたような気がしたんだけど、空耳?」
椅子から身を起こし、きょろきょろと見回すライアンはやがてシエルとヘレナの間にちょこんと、彼にとってあってはならない姿を見つける。
「なんでいるんだよ、はわわ族!」
『はっわ~、はわん』
小さな身体にぴったり合った可愛らしい組たち椅子に収まっているゴーレムはご機嫌の様子で手を振った。
【やっほう すえっこ】
しかも頭上に浮かぶ透明なプレートに見覚えのあるちまちました字体で舐め腐った文言が並ぶことじたい、ライアンの中の疲労とイライラが増す。
「それになんだよその椅子。ぴったりおさまりやがってオーダーメイドかよ!」
【まさに それな】
キメキメの顔のゴーレムに両手でビシッと指し示され、ライアンは頭を掻きむしった。
「あああ~っ。なんなんだよもう。俺、すっごく疲れているのに!」
「ほら。暴れてないでちゃんと座って。腹が減ってんだろ。あんたも食べな」
ミカが素早くスープを装ったボウルとカトラリーをライアンの前に置くと、ふわりとフェンネルと鶏肉の香りが彼の鼻をくすぐる。
「…食べる」
こくんと頷いてスプーンを握り、全神経をスープに集中し、口へ運ぶ。
【まっま…】
ハラグロの呟きを、残りの男三人は心の中で強くうなずいた。
そのあと、ヘレナとミカは数種の野菜のオーブン焼きや薄くスライスしたライ麦のパンと燻製肉のスライスとチーズ、そして人参の酢漬けを大皿で置き、彼らがそれらを好きなだけパンに挟み摘まんでいる間に今日の昼ごはんのメインを仕上げる。
厚めにスライスして軽く焼いた山形パンに、おろしたチーズとミルク、胡椒、ナッツ、クランベリー、ローズマリーをあわせて煮溶かしたものをかけてオーブンで表面をカリッと焼いた、見た目もそそる一品だ。
「火傷しないように気を付けてくださいね」
まだチーズがふつふつと湯気を上げている状態のそれをヘレナはそれぞれに配った。
「あ。ハラグロさんはまだちょっと待ってくださいね。熱すぎるから」
彼にはあらかじめ四つに切り分けた状態のものを渡した。
【どのくらい まつ】
「そうですね…。ああそうだ。この砂時計の砂が半分落ちたくらいでどうでしょう」
皿のそばに砂時計を置くと、素直にこくりと頷き、じっとそれを見つめる。
「あいつ…ハラグロって名前なの?」
隣に座ったミカにライアンは尋ねながら一口ほおばり、「あつっ」と唇を尖らせた。
「そ。今日は彼の日なんだって」
「は?」
「これから毎日、ミニミニミニ族が一人ずつここに来て、昼飯を食っていくことになるだろうね。専用の椅子を持ってきたくらいだ、本気だよ」
「え? なに? どういうこと」
「あの椅子はね。ミニミニミニ族がシエル様にせがんで作ってもらったそうで、この食卓を一緒するためのものなんだって」
幼児程度の大きさのミニミニミニ族だと大人用の椅子ではとうてい高さが合わない。
よって、椅子の足を長くして座面を高くし、転落防止の肘掛けがしっかりと身体を守っている、要は子供向けの椅子だ。
魔導士庁へ入るなり活躍し、能力も美貌も突出したシエルに椅子を作らせるだと?
ライアンが思わずシエルへ視線をやると彼はカトラリーを操りながら軽くこくりと頷く。
「なんて器用な…」
砂時計を真剣に見つめていたハラグロに二人の会話は届かなかったのか、『はわ!』と椅子の上で小さく飛び上がると、かぱっと口を開け、一つ掴んで放り込んで閉じる。
『はむはむ』
そしてまた、一つ放り込んで閉じる。
『ほむほむ』
あっという間に皿の上がまっさらになったところで、ハラグロは目を閉じ黙った。
それは、嵐の前の静けさを思い起こさせる。
「なあ、ミカこの後ってさあ…」
ライアンが言い終える前にハラグロはカっと目を見開く。
『ふおおおお~っ』
頭のてっぺんがぱんっと鳴り、小さな火花が上がった。
「さっきのスープもこうだったからうちらは慣れた」
確かにナイジェルたちは平然と、慈愛に満ちた眼差しでハラグロの感動っぷりを見守っている。
「なにこれ、じゃあ、毎日こんな感じの昼ごはんになるってこと」
「まあ、そうだろうね。光栄なこった」
「え?」
「これほど喜んでくださるなら、作り甲斐がありますもの」
ヘレナは変わらずのほほんと笑う。
「そういうもんなのか?」
もう一度ハラグロを見ると、頭頂部にローズマリーが刺さって、いや、生えていた。




