腹立たしいこった
「いやあ…もう、予想通りの展開だったよ」
食卓に座りながら苦笑するナイジェルは、朝食の時と変わらず全身きらきらと輝きを放つ。
「やっぱり、あくまでも自分の考えで勝手に突っ走っただけで、誰かに命令されたわけではございませんっていう話かい」
鶏肉と玉ねぎと蕪と刻んだアーモンドを煮込んで香りづけにフェンネルを入れたスープを彼の前に置きながらミカは尋ねた。
「そうだね。『奥方様が気の毒だと思ったから』とか『あれが急に偉そうになったから腹が立って』とか…。ああごめんね、ヘレナ嬢。あれだとか言って」
「いいえ、お気になさらないでください。そんな経緯で私は今この別邸にいるのですから」
ラザノ夫妻から借りた魔獣捕縛用の檻をナイジェルが解除したとき、出てきた罪人たちはいちように疲弊していた。
嫌がらせのつもりで道にばらまいたガラクタや汚物をエルドがかえし、それを受けた者たちを集めて一晩おいたのだ。
しかも外界からは遮断されて聴覚も視覚も奪われ震えながら縮こまるしかない。
精神的な打撃を与えたのち、魔導士庁からかりた魔道具で汚物を取り去った。
普通ならかなり口が軽くなるものだが。
「あくまでも独断。黒幕の存在は否定。本当に綺麗なものだったよ」
誓約書に署名をさせた時に指からにじんで紙に染みた僅かな汗と吐息から辿り、イズーが上空から監視していたため証拠は揃っており、実行犯については間違いない。
捕らえられたのは、馬に細工をした馬丁三人、馬糞や木ぎれを撒いた侍従三人、見張り及び手伝った騎士三人、そして釘や生ごみを撒いた侍女三人。
テリーにちょっかいをかけて昏倒した門番も併せて、いずれも下級使用人たちばかりである。
「彼らにとって『奥方様』は願望の象徴。もはや女神のようなものなんだな」
イズー、双子の剣をもってしても、誰かに頼まれたりそそのかされたりしたという証拠は皆無。
出てきたのは、『奥方様に近しい使用人たちの愚痴』を耳にして最近の当主と側近三人のありように、ほとんどの使用人たちは憤っていたということだ。
娼婦でありながら見初められてリチャードの恋人として凱旋し、ゆくゆくは侯爵夫人へとなるだろうコンスタンスはまるで物語の主人公。
憧れの存在である彼女がまた不遇にさらされるなんて許せない。
お助けせねばと思ったと、罪人たちは口をそろえて言う。
心酔しているというより、宗教がかっている。
「全く反省の色がないところが…なんとも気味悪い」
「あれらにとって、反省すべきとしたら、失敗したことなんじゃないか」
ヒルがぼそりと言葉を落とす。
「なるほどね。台無しにしたかったわけだからな」
そこからはゴドリー伯爵の裁定に任せるべきとしたナイジェルたちは一足先に引き上げることにした。
「そういや、本邸の掃除は終わったのかい」
エルドの術でばらまいた本人へ飛ばした時、当然逃げまどい、あちこちが汚れ、巻き添えを食った人も少なくない。
捕縛しに行ったヴァンは使用人たちに掃除を命じたが、かなり大変だっただろう。
「まあ…ね。面倒だからというより、自分に臭いが付くのが嫌だから一緒に浄化しちゃった」
ぺろりとナイジェルは舌を出す。
「だってさあ。馬糞臭いと妻子に嫌われるもん」
「それは、こっちに戻る前にあんたたちだけ清めればよかったのでは…」
「ほら、あんまり恨みが過ぎるとまたここにとばっちりが来るからね。ほどほどがいいんだよ、こういうのは」
もう一つ、予想通りだったのはコンスタンス本人の嘆願だった。
彼らは身分が低いため貴族社会の決まりごとに疎く、考えが至らなかっただけのこと。
後先も考えずに暴走してしまった哀れな下級使用人たちに厳罰を処すことだけは勘弁してやってほしい。
使用人たちを集めた断罪の場に、装飾が一切ついていてない黒いドレスと質素なまとめ髪現れたコンスタンスは、まるで宗教劇の聖母のようだった。
計算された美しさ。
ナイジェルは内心その陳腐さに笑ったが、ゴドリー伯爵家の使用人たちは違った。
彼女の一挙手一投足に心から感動し、目を潤ませている。
本来なら手首を切り落としてもおかしくない罪なのだが、コンスタンスが現れただけで容易に覆った。
「おそらくは、紹介状を破棄の上解雇。ぎりぎり都から追放程度が落としどころだろうな」
エルドたちのおかげで全て未遂で終わっている。
「腹立たしいこった」
ミカのため息に、窓辺にとまり話を聞いていたらしいイズーが「カアア」と同調した。




