ハラグロ
「…ええと?」
下半身が埋まったままつぶらな瞳で笛を吹くゴーレムを、座り込んだ姿勢のまま呆然と見つめる。
昨日の夕方にエルドの杖の一振りで華麗に帰られたはずの三十一人のうちの一人、笛吹担当なのは間違いない。
「こんにちは…?」
こてんと頭を傾けて挨拶をしてみると、彼も同じように頭を傾け『ぴーぷー』と応える。
「あのさ…。それ、わざとだろう。怒らないから出てきなよ」
ミカの盛大なため息に対し、『ふひっ…』とどこか不敵な笑い声が漏れ聞こえてきた。
そして笛を咥えたまま器用に、もりもりと土から出てくる。
『はうはう、はわ』
笛を剣のように腰にくっつけ、「まあまあ、落ち着いて」とでも言うように両手でひよひよとジェスチャーされ、ミカの唇の端がびくりと動く。
『はわはわ…』
笛吹ゴーレムは「やれやれ気の短いやつめ」肩をすくめ、『む』と仁王立ちしたのちおもむろに両手をぱん、と叩いた。
『はうわ』
合わせたてをゆっくり開くと、ゴーレムの肩幅より少し広い程度のガラスのプレートのような発光体がふよふよと浮かんでくる。
『はわ』
片手を上げると、それはゆっくり上昇し、彼の頭上で止まった。
『はわわ、はわはわ』
【これ ほんやくき】
昨日、ライアンの手の上に描かれたのとそっくりな文字が発光プレートに並ぶ。
「翻訳機? つまり、ミニミニミニ族さんとこれで会話ができると言う事ですか」
ヘレナが尋ねると、こくこくと頷いた。
『はうはう、はわ、はわはわ、はわはわはわわん…』
【そそ これ はーん つくった きのう よる えるど はーん ねかせなかった】
ふひ、ひひひひ…と、笛吹担当は、間違いなく笑っている。
【すかーれっと げきおこ おなかの あかちゃんも ぷんぷん】
悪い笑みで報告する様子に、「ミニミニミニ族、めちゃくちゃ個性が強いな」とミカが呟いた。
「それは…。申し訳ないことを。でもおかげでこうして楽にお話ができますね」
『はわ』
こくんと頷くゴーレムに、ヘレナは質問する。
「あの。もしよろしければあなたのお名前をうかがっても?」
『はわ、はわはわ』
またこくんと頷くゴーレムの頭上に現れた文字を二人で覗き込んで読んだ後、顔を見合わせた。
「マジ?」
「ええと…。はらぐろ? はらぐろ、さんで間違いないですか?」
【うん おいら はらぐろ ちなみに ぞくちょう あまあま】
「あまあまさん?」
【あいつ あまっちょろいから あまあま】
両手を腰に当て、ふふんとふんぞり返るさまに、ミカは天を仰ぐ。
「まーじーかー」
【そんで きょう だれ いくか くじ ひいた】
彼は手を上げ下げして縦の線をぴーぴーと引いて見せる。
「なに、それでアンタ、八百長でもしてここにきたとかいうオチかい」
【とうぜん おいら はらぐろ】
『ハラグロ』は得意気に身体をくねくねさせて踊り始めた。
【はつとうじょう びっくり たのしい おいら やる】
確かに二人は驚いたのだから、ハラグロの作戦は成功だ。
くるくる回って勝利を寿ぐゴーレムはなんとも憎めない。
「ハラグロ、そろそろここに現れた理由を言って良いのでは。ヘレナ嬢も困惑していますよ」
ずっと傍観していたシエルがようやくハラグロをたしなめる。
【むう まあ そうだ】
少しむくれた様子見せつつも、ハラグロは小さな手でヘレナの膝をぽてぽてと叩く。
【きのう ひみつ おしえるの わすれてた おいら あんないにん】
その様があまりにも可愛らしくてヘレナはでれっと頬を緩ませる。
【へれな ちょろい へれなも あまあま】
「う…。否定できない…」
がくりと肩を落とすヘレナの両脇をミカが持ち上げ、ふざけた調子で笛を吹くハラグロをシエルが抱えた。
「さあ。中に入りましょう。話はそれからです」




