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ミニミニミニ族の置き土産



 翌日の早朝、ヘレナとミカは玄関を出て、別棟を見上げて立ち尽くした。


「夢かと思ったら夢じゃないね」


「はい…」


 まだ地平線に太陽が姿を現しはじめたばかりの空の下、魔法の家は昔からあるかのようにそこにある。

 そして、二人は視線を地面に移した。


「どうするよ、これ」


「そこが問題ですよね…」


 青々と茂る苺の葉と真っ赤な果実が地面を彩る。

 冬を目前に、それは異様な光景でもあった。


「一応さあ、昨晩執事さんに籠とか色々頼んだけれど、どうにもならないよね」


「そうですね。そもそも今日はとても忙しいでしょうから」


 実は来訪者が撤収後の日暮れ前に一度、手分けして苺の収穫をした。


 メンバーはヘレナ、ミカ、そして宿泊したナイジェルとヒル。


 それぞれ大きな籠を持ってもぎ始めてすぐにある事に気が付いた。


 一日苺は魔法の苺。


 籠に移した果実は消えないが、ふと目を離した隙に収穫済みの株に白い花がつき、あっという間に結実してころんと赤い宝石へ戻ってしまう。



「これぞまさに無間地獄…」


 食べてみれば甘酸っぱく濃い香りの素晴らしい味わい。


 しかも大雑把に籠に収納しているにもかかわらず、下の方になって果実が重さでいたむこともない。


 さすがは…と言いたいところだが、そもそも建物一周なのだ。


 再生されるものは無視して、軽く一回収穫しただけで商売が出来そうな量となった。

 別邸の地下にある台所に籠の中を開けていくうちにスペースはどんどんうまっていき、日暮れと共に作業を打ち切り、起床するなり出てみれば今こうして朝陽を浴びながら苺たちは食べて食べてと誘うかのように輝いている。


 ミニミニミニ族たちの置き土産は途方もないものだった。


 ジャムを作っても大量の保存用の瓶が必要で、煮て干すのも手だが、いくらなんでもミカと二人でどこまでできるのか自信がない。


「うん、こうしましょう。とりあえずみなさんに朝食をお出しした後、もう一周疲れない程度に収穫して…。そうだわ、できれば葉もいただきましょう。薬でも染料としても使えるので」


「ああいいね。生でも茹でても食べられるんだった、そういえば」


 そろそろ本邸の三人もやってくるだろう。

 二人は朝食作りのためにいったん戻ることにした。






「それなら、特別仕様の保管庫を作りましょうか」


 朝食を終えたヒルたちが本邸のゴタゴタを片付けに出かけて間もなく、シエルが屋根裏の転移魔法を通って現れた。


「ヘレナ様の指輪と似た仕組みの空間保存で食材に特化したものです。腐らせずに大量保管できますよ」


 もう身体の一部と化しているイチイの指輪に目を落とす。

 そう言えば、とんでも機能が添加されているのだった。


「うーん、そりゃあね、そんなのは…。確かにあったら助かるかもなあ…」


「そうなのですが…」


 乗り気でない様子の二人に、シエルは首をかしげる。


「どうかされましたか?」


「実はシエル様。とても有り難いけれど、無理せずほどほどにしようかという話になったのです」


「ああ、なるほど…。お二人らしい結論ですね」


 ナイジェル達には『制限時間まで間があるので仕事が終わり次第手伝うよ』と言われたが、丁重にお断りした。


「いやでも、あり得ない量を収穫していますよ、すでに」


 頼むからその純粋な眼差しでうっとりと見つめてくるのはやめてほしい。


「そうそう。この先の加工を考えるとうんざりするくらいね。それよりもなんかさあ。欲ってもんは際限ないってのを自覚させられたって言うかさ。だんだん、あのミニミニミニ族って食わせ者じゃないかって気がしてきたよ」


 ミカのため息に、シエルは吹き出した。


「なんだよ。その様子だとやっぱりだね?」


 両手を腰に当てて軽く睨みつけるミカに、シエルは半笑いの顔で慌てて頭を振る。


「彼らがどういう者たちなのは、それぞれ見解が異なりますのでご容赦ください。それよりも、『うんざりする』ほどあるならば、やはり保管庫を設置しましょう。老師から許可は得ておりますので」


 彼の手のひらの上にはちんまりと魔石がのっていた。


「なんだよ。最初からそう言ってくれれば…」


「すみません、お気遣いいただきありがとうございます。このままではミカの負担が大きくなると思っていたので、助かります。魔導士庁のみなさまには感謝をお伝えください」


「はい。老師曰く、『とても楽しく美味しかったから、その礼じゃ』ですので、まあ、感謝はほどほどで良いかと」


 そうして三人で件の離れへ行き、地下へ降りる。

 話し合って決めた場所は食材保管庫の一角で、折よくまだ使っていない作り付けの戸棚を見つけた。


「では、この一番下の引き出しにしましょう」


 ヘレナの言葉に、シエルは頷き、魔石を中に置いた。


【豊かなる、休息をここに】


 シエルの祝詞に引き出しは一瞬透明な箱のように白銀の光を発する。

 ヘレナとミカは思わず目をすがめ、数回瞬きをしている間に元の平凡な引き出しに戻った。


「一応これについては、貴方様たち二人以外は空間から物を取り出すことはできない仕様にしました。例えば商会の人たちが納品に来てこの引き出しの中を開けても空にしか見えませんし、実際に何かを詰めても問題ありません」


 ここへやってくるのはもちろん信用のおける人々しかいないが、不測の事態に備え、いくつか秘密は保持しておくべきだとシエルは言う。


「そうですね…。知らなければ、巻き込まれることもないでしょうし」




 その後、地上へ戻り苺の収穫を再開した。


 ゆっくりと三人で喋りながら実を摘み、用意していた籠がいっぱいになったところで今度は多くの葉を刈り取ったが、見ている傍からどんどんすべてが元に戻っていく様子に笑うしかない。


 まだ太陽は登り切っておらず、約束の時間までたっぷり間がある。

 優しい風がそよそよと苺の葉を揺らしていた。


「本当に…なんて勤勉な苺なのでしょう」


「そんなこと言うのは、ヘレナくらいだよ」


 ミカが笑う傍らでシエルは術を使って収穫物を次々と先ほどの保管庫へ転送する。


「いえ、本当に凄いことです」


 ヘレナは戸口近くの苺の株の前に腰を下ろし、葉に触れて語り掛けた。


「苺さん。もう十分です。今までありがとうございました。美味し過ぎてついつい欲張ってたくさんいただいてしまいましたが、もうこれ以上頑張らなくて大丈夫ですよ。どうぞミニミニミニ族のお国へお帰り下さい」


 ヘレナが言い終える前に、すうう…と白い靄が沸いて出て、苺たちの姿が薄れていく。


「あ…。ええと、待って、ごちそうさまでした。本当にありがとう」


 慌てて言葉を重ねると、触れていた葉がヘレナの指先でふわりと揺れ、やがて消えた。



「へえ…。あっけないもんだね。というか、家の周りを囲っていた緑がなくなるとちょっとなんだか寂しいね」


 地面に座り込んだままこくりと首を傾ける。


「ええ、本当に…」


 しかしほっと溜息をつく間もなく、突然ヘレナの膝のすぐ前の土がボコボコと音をたてて盛り上がっていった。


「…っ! ヘレナ!」


 ミカが鎌を持ってすぐに駆け付け、刃先を地面に向かって振り下ろそうとする。


「え、ミカ、ちょっと待ってっ…!」


 真横に立つミカの足に手をやり押しとどめた。


「シエル様、この子…」


「…ああ、そうですね…。ミカ。大丈夫です」



 ポコ、ポコポコポコ…。

 土の中から出てきたのはモグラでも、魔物でもなく。



『はっわ~』



 ぽん、と。

 お気楽に片手を上げた…。


「なんてまぎらわしい登場の仕方だよ、ミニミニミニ族…」


 鎌を構えたままため息をつくミカに、腰はまだ土の中の小さなゴーレムはすちゃっと笛を取り出すと、口に当てて吹いた。


『ぴー、ぷー』



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