ぼうぎょまほう れべるいち
『はわ』
「それと」
くるりと頭を巡らせたのち、ゴーレムはびしっと片手を指す。
その先にいたのは、ライアンひとりである。
『はわ! はわはわはわわわ! はわはわわん』
「そこの! 半分きらきら男! こっちに来るがいい。お前に用がある!」
ハーンはまるで憑依したかのように訳し、ミカたちは吹き出した。
「え…? 俺?」
ライアンは目をぱちくりとさせながらハーンたちの前へ行くと、族長はバタバタと興奮気味に手足を動かす。
『はわはわはわはわはわ、はわはわはわはわ!』
「そうだ、お前、ホランドの末っ子! 今すぐ手を出せ」
「え~? 兄貴に代替わりしているのに、俺、まだ末っ子扱い?」
本邸の目がない気安さからかすっかり素のままになっているライアンは、唇を尖らせながらも素直に右の手の平を出すと、それを待ち構えていた族長はぽんと手を振り下ろした。
「痛っ」
『はわ、はわわはわ、はわはわはわ』
「ホランドの末っ子、お前に加護を与えてやる。奥方、いつも末っ子心配って泣いていたから」
「え…?」
手のひらをじっと見つめるライアンに、ハーンは助言する。
「ライアン様。手の甲をご覧ください」
言われるままに手をひっくり返すと、甲から手首までずらりと黒いインクで何か書きこまれていた。
それはちまちまと丸っこい、幼子のような不安定な文字で。
「は? ぼうぎょまほう れべるいち?」
ライアンの音読にぷふーっとミカが吹き出し、隣にいたマーサに頭をはたかれる。
『はわはわはわはわ、はわわはわわはわはわはわ』
「土の民、ホランドと友達。だから、ちょっと力わけてやる。でも、奥方に会ってぎゅーっしないかぎりその文字消えない」
「は? そんな無茶な」
ライアンが反論している間も、族長の説教は続く。
「末っ子、ずっと里帰りしていない。奥方寂しくて泣いている。奥方にこにこ笑うまで、消えない」
というか、消すものかという強い意志がゴーレムの丸い目にみなぎっている。
「…ライアン・ホランド。本邸の使用人たちの懲罰処理を終え次第、休暇を与える。今までの働きの褒美として期間は三週間程度としよう。これから雪が降るから旅程は余裕をもっていって来い。それと実家で少なくとも一週間過ごすことを命じる」
「ええ? ちょっと待ってください、リチャード様」
「ミニミニミニ族の族長殿はたまには親孝行しなさいと仰っているのだ。従うべきだよ」
リチャードが慈愛に満ちた目でライアンの肩をぽんと叩くと、『ふむむ』と族長はハーンに抱えられたまま何度も頷き、てっぺんに生えているカモミールがふわりふわりと揺れた。
「あ、そうだわ」
ヘレナはふと思いつきスカートのポケットに手を入れる。
「あの、族長さま。今日の思い出にこれをどうぞ」
族長の前に両手で差し出したのは、四隅に花のモチーフを刺繍したハンカチ。
『ほうほう? はわ』
「カモミール? おなじ」
「はい。偶然にも今持っているのがこれで。私が刺したものです。頭のお花とお揃いで記念になるかなと思いまして」
すると、彼はぱたぱたと両手を動かした後、首を垂れた。
「うれしい、首に巻いて、だそうです」
「はい。では失礼して…」
ヘレナはハンカチを開いて三角に折りたたみ、族長の首に巻いてきゅっと結んだ。
『はわはわはわわ!』
ハーンの腕から飛び降りて、族長はくるくると回り、他のゴーレムたちも『ほうほうほう、ほーおう、はわはわ』とやんややんやと踊り出す。
『はうわ、はわはわ、はわ、へれな!』
今、自分の名前を呼んでくれたような気がする。
ヘレナはぱちぱちと瞬きをした。
「ミニミニミニ族は、ヘレナの友だち、これからもずっと…だそうです」
ハーンの声に胸がいっぱいになる。
「ありがとうございます。これからもずっと。またここへいらしてくださいね」
『はわわ!』
もちろん、と言ってくれたような気がした。




