確認と搬入
「空間凍結解除」
エルドの声に呼応して、パアン…と氷の箱の表面が飛散する。
きらきらと輝きながら白銀の粒は空に還っていった。
「うむ。なかなかの出来栄えじゃの」
ようやく全員我に返る。
「あ…」
ヘレナはぱちぱちと何度か瞬きを繰り返した。
しかし。
「夢じゃない…」
まるで、昔からその場にあったかのような…いや、明らかに新しく建てたばかりの家。
そして。
『は~わ~』
その建物の元にずらりと並んで可愛らしく手を振るミニミニミニ族たち。
いつの間にか、魔導師たちもエルドのそばに集結していた。
「では、さっそく中の確認をしましょうか。問題なければ荷物を運び込みましょう」
シエルが現実的な段取りを口にし、そう言えばこの家はそのために作られたのだとヘレナは思い出す。
「ここは私の出番…で宜しいですか」
珍しくテリーが手を挙げて前に出てきた。
「ええ、もちろん。彼らはこちらの言葉を理解できますので、改良してほしい点があれば言ってください。すぐに対処します」
くるりとシエルは振り向いて、ヘレナとリチャードに微笑んだ。
「まずはどうぞゴドリー伯爵、そしてヘレナ様。われわれ魔導師及び土族がご案内いたします」
エルドを先頭とした魔導師たちに導かれるままに、ヘレナとリチャード、そして後ろをテリーとミカが建物へと向かう。
とりあえずネロとパールは待機組のクリスに預けて新築拝見だ。
靴の裏で感じる地面が全ては現実なのだと教えてくれるが、こうして近づいてみるにつけ、信じられない思いがする。
『はっわー』
ミニミニミニ族が一斉に歓迎の意を表した。
近くで目にすると、彼らは本当に粘土細工の人形のような姿だ。
しかしそれぞれ顔つきは微妙に違い、生き生きと動いている。
「こんにちは、ミニミニミニ族のみなさま。素敵なお家を建ててくれてありがとうございます」
ヘレナが頭を下げて礼を言うと、小さき者たちは『はわわ…』と両手を頬に当てて照れた。
「ぐっ…。ほんとに…みなさま、間近で見ても凄く可愛らしいのですね…」
胸元を掴んで悶えるヘレナの背中をミカが半ばあきれ顔でとんとんと叩く。
「ほら…、ヘレナ…時間ないから先に進むよ」
「はい…。すみません」
「ほほほ。仕方ないのう。こやつらの可愛さは凶悪だからの」
エルドの笑いにゴーレムたちはぴょんぴょん跳ねてはしゃぐ。
「さあ、御覧じろ」
老師が扉を開くと、そこには飴色に磨かれた板張りの床とアイボリー色の壁が広がっていた。
「うわあ…」
壁に手をやると、きちんと塗られた漆喰の手触りが指先に伝わる。
魔導師たちに案内されてどんどん歩くと、驚きの連続だった。
玄関ホールの右手には二つの扉があり、どちらも中に入るとそこには作り付けの棚が並び、誰でも管理できるようにそれぞれ番号と記号が取り付けされている。
左手には階段とトイレと事務作業の部屋と簡単な台所そしてストーブ型暖炉。
二階も似た間取りだが、とにかく倉庫としての機能満載で棚はもちろん設置済みだ。
「ああ、見事に打ち合わせ通りですね。ミニミニミニ族のみなさん、ありがとうございます」
『はっわー、シャン』
どうやらテリーはエルドたちとかなり密に打ち合わせをしていたらしく、まったく驚くことなく足元にいたミニミニミニ族のタンバリン担当のゴーレムに礼を言うと、既に顔見知りなのか彼も軽くタンバリンを振って普通に返事をしている。
「まったく問題なしなので、もう搬入しても良いですか?」
全員の視線がヘレナへ集中した。
決定権は自分にあるのだと気づき、慌てて応える。
「あ、はい。よろしくお願いいたします」
「わかりました、ではさっそく」
テリーはてきぱきと次の工程へ移るために出ていった。
そこからは怒涛の勢いだった。
ラッセル商会の従業員たちもストラザーン家の使用人たちも事前に配置図を配られていたらしく、手際よく荷物を運び込む。
織機に糸に細々とした道具を主に一階に運び込み、二階にはこれから冬を越すにあたって必要な生活用品などが収納されていく。
地下にも糸を染めるための材料や道具、そして小麦粉や瓶詰そしてハーブ類など乾物系の食材が貯蔵された。
「今年の冬は雪深いと予想されているので」
陸の孤島になるのを懸念してのことだそうだ。
「それで、この馬車の数だったのですね…」
本邸への威圧行為ではなく、本気の搬入。
建てたばかりの家の中は糸仕事の道具と心づくしでぱんぱんになった。
「よし、全ての荷をほどいて設置できました」
テリーの言葉に、拍手が起きる。
『ふー。は~わ~』
ゴーレムたちも満足げにやれやれと額の汗をぬぐうような仕草をした。
彼らは作業中、家の周りの邪魔にならないところで静かにシャンシャンと踊っており、それはまるで応援しているかのようだった。




