拡張工事大作戦②
客人たちを出迎えた頃には曇天だった空は雲が去り青みが増していく。
とはいえ晩秋ゆえに早くも陽の力は落ちて空気は冷たく、夕方の気配がしてきた。
「これで準備していた杭は打ち終わったか? それぞれもう一度確認してくれ」
予想に反して早く戻ってきたヴァンが指揮を執る。
本邸へ同行していたナイジェル曰く、処罰対象となる使用人たちを一か所に集めて空き地に設置した魔獣狩用檻に入れてきたので、見張りがなくとも大丈夫なのだそうだ。
機能として、見た目は透明な檻の中から外は見えず暗闇に閉じ込められた状態で、かつ、音声は遮断。
放置しても檻に防御魔法がかけてあるため処罰を免れた使用人たちが近づくことも破壊することも不可能で、もちろん内と外で互いに意思の疎通を図ることもできない。
「あれは翌朝までそのままでいいよ。たぶん死なないから大丈夫。もう日が暮れたらいちいち対応する時間がないし」
いつの間にかナイジェルとヒルは別邸男子常駐部屋に一泊することが決定した。
彼らが王宮側として処罰に立ち会うよう指示が飛んで来たらしく、ナイジェルは「晩御飯が楽しみだなあ」とご満悦だ。
こうなる予感はしていたので、ヘレナたちは男子部屋の寝具や料理の支度をしており、ストラザーンからの馬車には応援物資が積み込まれていた。
「…老師。我々は本日、きちんと魔導士庁へ帰りますよ。それが約束でしたからね」
すっかりお世話係が板についてきたシエルは老師の思考の先を行く。
「え~。この老体にまた馬に乗れと? わしゃ、いやじゃいやじゃ~」
唇を尖らせて幼児のように地団駄を踏むエルドの姿に、ヘレナは両手を胸に当て目をそらした。
「ヘレナの好みってさあ…広いんだか偏ってんだか、わけわかんないね」
ミカの呆れ声が虚しく空に吸い込まれる。
そんな軽いすったもんだがあったものの、ナイジェルに宥められ、さらにはそれまで大人しくしていた魔改造トリオがエルドに付き添うそぶりを見せたため、大魔導師は機嫌を直し大型犬サイズのパールの背中にまたがって意気揚々と南側の門の方へ向かった。
彼の後ろにはもちろんネロとイズーの黒黒コンビが同じく胸を張って得意気に同乗しており、その童話のような光景にまたヘレナは胸を熱くする。
「…姉さん。あれ、図面に起こそうか?」
こそっとクリスが耳元で提案し、姉はこくこくと頭を上下に振り続けた。
全て確認が終了し、全員、杭よりも外に立ち、固唾を飲んで待機する。
ヘレナやリチャードなどはエルドのそばにいたが、ナイジェル、ヒル、ウィリアム、ヴァン、ライアンはそれぞれ見張りのために散った。
「さて、やるかの」
パールから降りたエルドは天に向かって手を挙げる。
すると、その手の中で杖がするすると成長していき、エルドの身長より頭一つ分長くなったところで止まった。
太さもそれなりにあるのに、彼は片手で握ったまま難なくその姿勢を保つ。
「スカーレット、シエル、ハーン。良いか?」
ぼそりと、声の届くはずのない場所にいる弟子たちに問いかける。
敷地を挟んで反対側の北限にシエル、東にハーン、西にスカーレットがそれぞれ立ち、杖または剣を構えた。
「では」
こおん、と不思議な音があたりに響く。
パール、ネロ、イズーたちは一斉に天を見つめる。
「広がれ」
くるりと杖を一回転させたのち、杖の先を地面に強く突いた。
ファ――――ン!
魔力を持たぬ者たちですら、魔導師たちから何か強い力を感じ、全身に力を入れて立つ。
ゴオウウウ………。
やがて、白い光と強い風が茨の柵から湧き上がるのを目にした。
ビャ―――ン!
竪琴の太い弦を強くはじいたような音に、思わず人々が耳を塞いだその時。
蔦がしっかり絡んだ緑の柵が外に向かって動きだし、強く絡んだ蔦がちぎれることも葉が落ちることもなく、まるで作っている最中の飴のようにぐんと伸び、あっという間に杭を目印にスコップで軽く引いた線の上に壊れることなく収まった。
まるで、最初からその場所を囲っていたかのように。
「は…………?」
リチャードは口に手を当て、瞳がこぼれんばかりに目を見開く。
そばにいたユースタスとクリスもさすがに驚きのあまり呆然と立ち尽くしている。
「完了」
茨の柵は指定した位置へ動いただけで固定されていなかった。
エルドの一言で、もともと埋まっていた部分が一斉にずぶりと土に刺さり、高さが少し低くなる。
ざわり、ざわり、ざわり………。
茨がまるで波を起こしているかのように順番に葉を揺らしていく。
その波はぐるぐると循環し、さらに枝葉を伸ばして緑の網目を強固にしていった。
「よしよし、よくやった」
エルドが労うと、そのざわめきは、ぴたりと止まる。
「リチャード殿。とりあえず、柵はこれで終わった」
「…ありがとうございます」
驚きで言葉がつつがないリチャードの腕をエルドはぽんと叩く。
「なに。まだ序の口よ。次はもうちっと面白いのを見せるでな」
「序の口…ですか」
「そうじゃ。せっかくわしがきたんじゃもの」
朗らかに笑ったエルドは再びパールにまたがる。
そして傘ほどの長さに縮めた杖をパールの口元へやると、彼女は嬉しそうに咥え尻尾を振りながら足取りも軽やかに門をくぐった。
「やはり、犬は好きじゃのう。エエカンジの棒が」
エルドの楽し気な声がヘレナたちの耳に届く。
「クリス、あれはさすがに描かないで」
「うん、そうだね」
姉弟は老師の尊厳を守ると決めた。




