祓い終えたのちの
「まったく、馬鹿どもが…」
大量発生した虫の飛来のような不快な音を発しながらおぞましい物体が上空を横切っていくのを見上げて、ヴァン・クラークは舌打ちをする。
隊列を観るために外へ出ていた使用人たちだけでなく、どうやら室内に残っていた者の中に実行犯がいたようで、澱んだ色の帯びが屋敷の窓を割って突入してしまった。
予想よりもずっとダメージが大きい。
「すまない、俺は屋敷へ戻る。汚物まみれの奴らが歩き回るとさらに面倒になるからな」
最後尾にいたラッセル商会の従業員とヒルたちに告げ、馬首を巡らす。
リチャードを助けるために借りていた人員はまだ本邸内に残っている筈だが、明確な指示を出していない以上は動きようがないし、対処を期待するのは甘え過ぎだ。
こういう時に任せられる部下の一人もいないとは、本当に自分たちはどうかしていた。
「ああ、俺も行くよ。こんなこともあろうかとラザノ夫妻から魔道具預かっているから。あ、ヒルは近衛騎士の任務続行な」
「承知」
ベージル・ヒルもあっさり応じ、ナイジェルはヴァンの隣に並んだ。
「魔道具って何だ?」
「これだよ」
騎士服のベルトに装着していた小さな皮のポーチの蓋を開き、中からじゃらりと半透明の鎖を取り出してみせる。
「魔道騎士団が魔物を生け捕りにするときに使うヤツでさ。これを投げて大型魔獣を複数捕らえて一か所に集めてしばらく置いとく、それができるんだと」
魔獣によっては吐息自体が臭気であり毒性を含んでいることもある。
ナイジェル曰く、最終的に外部と遮断する檻に閉じ込めるのだそうだ。
「…なるほど。だが、やらかした奴をひとりひとり探して鎖を投げるのは骨が折れそうだな」
「ああ、そこは問題ない。誓約署名させた呪術札とエルドの爺さんの魔力のしるしが合致した奴を捕獲するよう鎖に改良したってさ」
リド・ハーンはあの天使顔に似合わぬ探求に狂う研究者だ。
今回の署名札も彼の立案で作られている。
おそらく、鬼畜な仕様が他にも隠されているに違いない。
それになにより。
ヘレナは魔導士庁の面々の胃袋、いや、心を掴んでいるのだ。
「抜かりないな…」
「まったくだ」
現在の惨状がどうであれ、この魔道具が丸く収めてくれるだろう。
馬の蹄の音もポクポクと足並みを穏やかに。
二人はのんびり会話を交わしながらゆっくりと罪人たちを締め上げに向かった。
最後尾から二人が離脱するなか、リチャードたちの一行は慎重に歩を進める。
いらぬものを祓ってしまえば、目の前にあるのはただの道。
あっさりと目的地に着いた。
イチイの大樹がどっしりと土と空にその身体を伸ばし、まるでそこで神獣が護っているようなさまで訪れた者たちを圧倒する。
巡らされた柵も野茨がしっかりと絡みつき、小さな館はまるでおとぎ話の城のようだ。
「いらっしゃいませ。皆様のお越しをお待ちしておりました」
門のそばで待っていたらしく、くるぶしより少し上の長さのワンピースをつまんで黒髪の少女はふわりと礼の形をとる。
「待たせてすまない。思わぬことが重なり遅れてしまった…」
リチャードが声をかけると、別邸の主は顔を上げ、にこりと笑った。
「はい。こちらからも多少は様子が見えましたので…。どうぞみなさま、まずは中へお入りください」
後にいた護衛兼侍女が人馬の整理のため、リチャードたちへ一礼したのち前へ進み出る。
「お忙しいなか、お時間を頂きありがとうございます。この後の予定があるのは承知ですが、まずは中で間食を召し上がり休憩なさってください」
薄い灰色に包まれた青い瞳でヘレナはリチャードをしかと見つめた。




