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完全制御つむじ風の行方



 ザザザ――。

 ザザザザザ――ッ!


 まるで風のカーペットが敷かれていくようだ。


 それはやがて不要物のみ巻き上げ地面からさらい、突然回転しながら天高く舞い上がる。


 一筋の塵もこぼされることなく、腐臭も汚水も透明な空気の膜に包み込まれ離れていった。


 これは、完璧に制御されたつむじ風だ。


 不気味な、土気色の帯がひたすら高速回転している。


 リチャードはその不思議な光景をただただ茫然と見つめていた。

 隊列の人々も、離れた場所から様子をうかがう使用人たちも、そして屋敷の中から見物する人も。


 やがて『ソレ』は春先に雲雀が鳴きながら飛びまわるほどの高さまで上がって止まり、くるくると旋回し始めた。


 不気味な渦を見上げ、ふうむとエルドは思案する。



「では、いい感じにまとまったところで、最後の仕上げとしようかの」


 言うなり杖を高く掲げた。


「さあ、おまえたち。今すぐ『前の主』のところへ行くがよい」


 ゆっくりと円を描くようにそして何かを絡めるように杖の先を時計回りに回し、ぴたりと止める。


「散れ」


 ピカッとエルドの杖の頂から一筋の光がまっすぐに天を貫いた。


 ファン………。


 不快な空気の塊が弾け、それぞれ何かに向かって飛んでいく。


「ちと、怪我人がでるかもしれんな。古釘を撒いた奴などは」


 空がまるでイナゴの飛来のように染まる様をしぱらく眺めたのち、やがて小さな小枝に杖を縮めローブの帯に差し込んだエルドは呟いた。


「まあ、自業自得でしょう」


 追い風に髪を乱されたシエルは片手を上げ抑える。


「…あれらは、どこを目指しているのでしょうか」


 躊躇いながらも尋ねるリチャードに、エルドは口角を上げた。


「悪戯をした者へ返したのじゃ。木切れを撒いた者には木切れを、釘を撒いた者には釘を、獣の糞を撒いた者には…というようにな。なるべく本人のみ降りかかるようにしたが、運が悪ければおこぼれをもらうことも、あるかもしれんの」


「もし、その者が室内にいた場合は…」


「何としてでも返る。窓や扉を蹴破ってでも。正確にたどり着く仕掛けじゃから」


 ああ、屋敷内ならちと悲惨じゃなと、悪びれることなくエルドは付け足す。


 彼の言葉を証明するかのように、やがてあちこちから悲鳴と屋敷の方では何度かガラスの割れる音が聞こえた。


「いったいどうやって」


「ようは先日の説明会にて、我々が使用人の皆さんから取った誓約書です」


 馬を一歩進めてハーンが会話に加わる。


「手のひらほどの小さな紙切れに一筆書いて署名なんて何の効力もないと、すっかり油断させる作戦でして。ところが私と…妻、の、愛の合作なのでかなり強力なのですよね」


 妻、という単語を口にするだけでぽっと頬を染めるハーンを、後ろに座っているラザノがうっとりと目を閉じ両腕を回して抱きしめ後頭部に頬ずりした。


 突然始まった愛の世界にぎょっと目を見開くリチャードだが、チチチと舌打ちをしてエルドは首を振る。


「ああなるともうどうにもならん。そこは置物と思ってくれ。ようはじゃな。術符作りの名手のこやつらが一枚一枚、裏に呪陣を書いておってな…」


 小さな紙に記入する時、たいてい人は指でしっかりと押さえるものだ。


 書かれた文字の効力ももちろん、目的はそれぞれの身体から発せられる皮膚や汗そして吐息を紙に吸わせるのが目的だった。


 夕闇から夜、もしくは明け方に道へ悪戯を行った人々は手袋くらい装着していただろうが、むき出しの顔や頭など知らぬうちに身体のかけらを落とす。


 よって、エルドは運んで撒いた者を『前の主』と定義し、署名術符でしるしをつけられたところへ行くよう命じたのだ。


「しばらくそのままにしておこう。どこへ移動してもあれらはずっと持ち主にぴったりとまとわりついて離れんから、なかなかの見ものだろうからな。良いかの?」


 多忙ななか、これらの罠を仕掛けてくれた魔導士庁の人々へ情状酌量を頼むほどさすがに愚かではない。


「…我が家の不手際です。もちろんのこと」



 リチャードが戻るまで、犯人たちは汚物にまみれたまま待たねばならない。

 本邸は中も外もかなり悲惨なことになるが、これほど分かりやすい罰はないだろう。


 どのような者にも。



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