別邸へ続く道
「これは………」
馬上でリチャードは絶句した。
ゴドリー伯爵邸には東西南北に門が設置され、まず南に本邸と向き合う形に開けた豪華な正門、西に騎士棟や厩舎が近い騎士団出動用門、東に倉庫棟向けの通用門、そして郊外の森へつながる一番簡素な北門がある。
ヴァン・クラークが使用人たちに説明したルートは、正門から入ってすぐの道をたどって東に折れ本邸から距離を置いた形で進み、建物が途切れたところで酪農と醸造を行う別棟や各種倉庫との間の道へ入るとそこから北の端にある別邸を目指すというものだ。
ヘレナに悪意を持つ使用人たちとしては、東の通用門か北の裏門でも通るべきところを、あえて正門をくぐって敷地内を横断する事に反感を持ち、何かを仕掛ける可能性は十分に予測していた。
そして、今。
目の前に広がる一本道は。
「清々しいですね…」
ぽつりとサイモン・シエルが呟く。
後方に続くスカーレットとリド・ハーン、そしてウィリアムとライアンもその光景を目にして深くため息をついた。
馬車や荷車でも問題のない幅であり、白茶色の上質な土で固めた道が枯草色の芝の真ん中をまっすぐ通っている筈だった。
しかし、その道は無残なほどに汚されている。
獣の糞、塵、木切れ…。
様々なものが撒かれており腐敗臭も漂ってきた。
晩秋独特の弱い日差しの下であるだけましかもしれないが、馬たちはその先を進むことを拒否し、足を止める。
「おおお~。ずいぶんと大胆じゃなあ。ここから先の空き地を全て耕作したいという強い意志表明かの?」
エルドは自らの膝をポンポン叩いて笑い転げる。
「誠に、恥ずかしい限りで…」
リチャードはうなだれた。
「そもそもイズーの偵察で事前にわかっていたことじゃが、こうして目にすると壮観よの。お前さんはまだまだ若い。いくらでもやりようはある」
のんびりとした口調でエルドはリチャードを慰めたのち、ローブの腕をまくり始める。
「それより、もういいかの? イズーがちゃあんと記録を撮っておるし、見るべき者は見たんじゃろ? わしはとっととここを片付けてあの子に会いたい」
「会いたいと言うよりも…」
ぽそっと心の声を漏らした背後の弟子を振り向き、きっぱりと告げた。
「そうじゃ。わしは腹が減っておる。喉も乾いた。この先に美味い飯があるとわかっておるのに、のんびりはしておられん。年寄りの時間は貴重なのでな!」
きゃんきゃん吠える老師にげんなりしているシエルの隣で、リチャードは生真面目に頭を下げる。
「ありがとうございますエルド様。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「よし。承ったぞ」
にっと笑い、短い肘と肩をそれぞれぐりぐりと回して前準備をした後、両手に杖を捧げ持った。
「なに、瞬き三回くらいで終わるでな。あっという間じゃ」
軽く目を瞑り、ふうと深呼吸をすると、杖がエルドの身長より長く伸びる。
わずかに彼の周りに淡い光が集まり、僅かな風が下から吹き上がってローブをはためかせた。
横にしていた杖を右手に持ち替え、軽く前へ振る。
「行け」
ぽそ、と命じると、たちまち杖から強い風が起き、ごおおうーと音を立て、道の上を滑っていった。




