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リチャードの覚醒



 コンスタンスがヨアンナたちに連れられて寝室から少し離れた部屋へ連れていかれたのを確認したのち、ウィリアムは向かいの部屋で待機させていた従僕や騎士たちを招き入れる。


「手順通りに」


 彼の一言で、彼らは素早く動き出す。


 実は、彼らは伯爵家の使用人ではなく、一時的にラッセル商会から借りた人材。


 しかし伯爵家の使用人の数は多く入れ替わりもあるし、この状況下では制服を身に着けてさえいればわかりはしない。


 まず脚立を抱えて入った者たちはすぐに窓辺のカーテンを取り外し、用意していたものに替える。


 金具覆い、垂れ飾り、ブラインド、レース、サブ・カーテン、トップカーテンの全てなのでなかなか手間がかかるが、彼らの手際の良さであっという間に完成した。

 布地などは全く同じだが、こちらからの仕掛けが施されている。


 それを横目にウィリアムは香炉の中身を鉄のバケツに開け、水をかけて火を消した。

 新たな灰と香を入れて火をともし、元の場所へ戻す。


 騎士の一人とライアンは寝台の上掛けを取り払って床に落とし、シーツ一枚を辛うじて被せた状態でリチャードの上体を起こした。


「起きてください、リチャード様」


 ライアンは耳元で一声かけたのち、顎に手をかけ無理矢理口をこじ開ける。

 そして飴のようなものを指でつまんで口内に押し込み無造作に唇を閉じさせた。


【起きろ、リチャード・アーサー・ゴドリー】


 ハーンたちに何度も練習させられていた呪文を口にすると、微かな光が唇の端から漏れる。


「…ライアン」


 プラチナブロンドの長い睫毛に覆われた瞼が開き、アクアマリンの瞳が現れた。


「予想通りの展開ですね。笑いをこらえるのに苦労しましたよ、リチャード様」


 目覚めるなりライアンの痛烈な一言を浴び、リチャードは苦笑いする。


「…世話をかけたな。すまない」


 額に手を当て深いため息をつく主にライアンはガウンを渡した。


「準備が功を奏して何よりです」


 アビゲイル伯爵の狩猟の館でゴドリー家の騎士たちによるベージル・ヒルへの私刑が行われた際、リチャードは同じように『眠らされた』。


 その時はナイジェル・モルダーが持参した医療用ポーションを飲まされたが、今回は魔導士庁が開発した魔力の飴のようなものを用い、リチャード自身の回復は早く副作用もない。


 理由は前回コンスタンスに飲まされたモノの名残りをナイジェルと彼の義妹のゾーイが入手し、魔導士庁へ提出していたため、それを摂取した場合身体の負担を減らす成分をリチャードはこの数日服用していた。


 眠りは深いが覚醒さえすれば以前のような重い倦怠感はない。


 香などの仕掛けに関しては、シエルとハーン曰くヘレナが寝具などに密かに施した加護で十分だろうとのことだった。


 実際、今のリチャードはまともだ。


「時間がありません。風呂の支度はできています。まずは不浄を洗い流しましょう」


「わかった」


 素早くガウンを羽織ると背筋を伸ばし、確かな足取りで隣室へ向かう。


 衝立の向こうで湯気を上げている大きな陶器の湯船の近くへ行くと、そこには見たことのない白髪の従僕の一人がすでに待機しており、一礼した。


「ガウンをお預かりします」


 背筋を伸ばし、優雅な所作でリチャードを導く。


「ああ、ありがとう」


 身体を沈めると優しい香草の匂いがほのかにリチャードの鼻腔をくすぐる。


「失礼します。そのままでお聞きください」


 ウィリアムが顔を洗うリチャードの後ろに立ち、言葉をかけた。


「まず、馬丁がリチャード様と我々の馬は『なぜか』疝痛に罹っており、厩から出せないとのことです」


「代用できる馬は」


 頭と身体を軽く洗うリチャードに老齢の従僕が手際よく介添えする。


「どれも無理だそうで、まるで厩舎全体が感染症にかかっているかのような口ぶりでした。なので、予定通りヴァンが別邸へ取りに行っています」


 別邸に近く郊外の森に面している北門は一昨日から門番を変え、今朝のうちにラッセル商会が上質な馬を数頭待機させていた。


 両手で首をゆっくりと揉みながらリチャードは深く息をつく。



「…わかった。では次の支度へ移ろうか」


「はい。今からこの従僕が水魔法による浄化を行います。身体を楽にしてください」


 視線を上げると臨時雇いと説明を受けた従僕はゆっくりと黙礼する。


「そうか。頼む」


「はい。では失礼いたします」


 彼は片手の指先を湯船に軽く浸し、さっと払いあげた。


【………】


 サーっと湯気か霧雨のような温かく淡い水しぶきに包まれる。


「終了しました」


 気付くと湯舟の湯は消え、リチャード自身もまるで布で水分を吸い取ってしまったかのように乾いていた。

 腕に指を滑らせると、さらりと心地よい手触りに変わっている。


「ありがとう。世話になった」


「いいえ。お役に立てて何よりです」


 湯船から出るとアイロンの効いたシャツをウィリアムが着せてきた。

 臨時の従僕も着替えを手伝い、素早く当主として正しい姿へと作り変えていく。


「間に合うか」


 窓の外の正門あたりから馬と車と人の声が聞こえてくる。

 おそらく最初に到着したのはラッセル商会だろう。


 その次は――。


「大丈夫です。老師様もこの状況を楽しんでくださっているようなので」


「それでも失態には変わりない」


 リチャードの言葉に、次々と上着のボタンを留めながらウィリアムは込み上げてくる感情に密かに眉を顰め唇をかみしめた。




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