華やかな行進
「念のため、我々も紋章をお見せしますね」
老人を宥めた魔導士はサイモン・シエルが紋章を取り出し示す。
「ところで、後ろがつかえているので私どもが先に中へ入らせてもらいます」
「は…?」
門番と騎士たちがラッセル商会の荷馬車の後ろを確認しようと駆けだすと、そこには騎乗の貴公子が二人、そして数台の荷馬車と騎士たちが列をなしていた。
飴色の髪にエメラルドの瞳がよく映える青年の目鼻立ちは、いつか別邸の前で事件が起きた時ヘレナの叔母と名乗っていた貴婦人によく似ている。
「私はストラザーン伯爵家子息ユースタス、こちらは弟のクリスだ。妹ヘレナの受けた仕事のために我が家門の者たちを同行させている」
クリスと示された黒髪の少年は確かに何度か正門を通ったことがあるが、学院の制服姿でもっと幼い容貌だったはず。
それが今、裕福な貴族の子息が着る仕立ての良い服を身に着け、黙って馬上から見下ろすだけでも十分風格があり、もはや没落貴族の名残りを一切感じさせない。
「ああ、ちょうど良いところに出てきたな。そこの君、屋敷で待機している執事とか侍従長とか秘書官に、俺たちが来たこと今すぐ知らせに行った方がいいと思うよ」
ストラザーン伯爵家の隊列よりさらに後ろから現れたのは、オックスブラッドの騎士服。
灰色の魔導師と相克するようなきらきらと金色に光る美貌の男がクリーム色の馬にまたがっている。
赤毛の魔道騎士、カナリヤの羽のようなふわふわ頭の中性的な魔導師、飴色の伯爵家嫡子、鴉の濡羽色の義弟、ヘマタイトのような濃灰色の魔導師、そして黄金の近衛騎士。
美の洪水に使用人たちは貧血を起こしそうだ。
「おい。野次馬が追いかけてきた。早く中へ入れてくれ」
さらにさらに現れたのは同じく黄金の男と同じ騎士服の大柄な近衛騎士。
赤銅色の髪を綺麗に後ろに流し、大理石の彫刻に彫られた男神のような顔を露わにしたその男はおそらく。
「ヒ、ヒル団長、なぜここに…、いや、近衛って…まさか? なんで…」
数名の元部下たちはみな動揺をあらわにする。
大量解雇後に補充された騎士たちは事情が分からず戸惑っていたが、とりあえずユースタスや近衛騎士は少なくとも自分たちより身分が上であることを思い出し、姿勢を正して見守ることにした。
「訪問者の立場で言うのもなんだが、とにかく、今すぐ門を開放して我々を収容した方がいい。魔導士庁とストラザーン伯爵家と俺たちが途中で合流してしまったため、見世物状態になってしまった。事情を知らない民たちが色々勘違いしてずっとついて回っている」
「え?」
門番、騎士、そして騒ぎを聞きつけた侍女や従僕などゴドリー側の使用人たちも大勢かけつけ、門の外へ出てあたりを見回す。
身分と老若男女問わず、様々な人々が好奇心で顔を輝かせてこちらを覗き込んでいることに気付き、急いで回れ右をした。
この邸宅は都の最北に位置している。
西の魔導士庁からハーンたちが、東南のストラザーン伯爵家とまず合流し、都の中心を通ったところで王城からヒルたちが一緒になり、そのまま北を目指したということで。
「まあ、ちょっと凱旋か何かと勘違いされたかな。なるべく俺がにこやかに後ろを守ったから、少なくとも討ち入りとは思われていないよ」
あはははと大きく口を開けて笑う金髪騎士に、伯爵子息は感慨深げに頷いた。
「ずいぶんと遅れた嫁入り道具の搬入と思って頂ければ良いのでは?」
「ははは、たしかに」
二人がのどかに笑いあうのを背に、眉間に深く皴を刻んでため息をついたヒルが門番たちに声をかける。
「とにかく、騒ぎをこれ以上大きくしたくない。とりあえず塀に隠れる東側あたりに我々を入れてくれ」
「は、はいっ!」
正門の正面と向かい合う形で本邸は建てられているが、敷地は広く距離があった。
騎士たちも人馬を誘導しようと動き出した最中、ようやくヴァン・クラークが馬を駆って現れる。
「すまない、待たせた。俺が案内する」
混乱状態にようやく終止符が打たれた。




