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これまでの経緯を説明いたします


「すみません、お茶請けがこれしかなくて」


 テーブルの上に並べられたのは、ダイヤ型のジンジャークッキーと小分けにして焼いたソーダブレッドとりんごジャム、そして紅茶だった。


「ありがとう、十分よ。これはヘレナが?」


「ええ。初日に持ち込まれた食材は無事だったので」


 別邸引き渡しの日。

 ホランドと屋敷内の確認をして回った際、厨房に粉類と調味料は完璧に揃い、りんごと数種類の根菜、バターが置かれていた。


 しかし、昨日門の前に置かれていた食材は・・・。


「まあ、オートミールが大袋で頂けたのは幸運でした」


 死なない程度に、がどうやら彼らの取り決めらしい。


「先ほどのクラーク卿との話も気になっていたのだけど。最初からどのような状態だったのか教えてくれるかしら」


「はい」


 挙式後に屋敷へたどり着いてからのことを順を追って話す。


 するとヘレナが言葉を発するたびに部屋の温度は一度ずつ下がっていった。


 おかしい。

 暖炉にくべた薪はいつもより増し増しなのに。


 視線を上げると、傾国の美女と魔導師がにこやかな笑みを浮かべて続きを促す。


「ええと、それから…」


 指折りながら、伝えておくべきことを思い出そうと努めた。

 窓から良い感じの陽がさんさんと降り注いでいるはずなのに、寒いのは何故。



「…話は分かったわ。この屋敷はありえないほど機能不全ね」


 額を抑えてカタリナはため息をついた。


 本当にあり得ない。


 ゴドリー侯爵夫妻は現在、外交のために不在にしている。

 王太子や外交官と一緒に数か国回る予定で、今が一番遠い国に滞在中だ。

 その隙をついて執り行われた電撃結婚。

 情報はすぐに伝達されるが、良識ある侯爵夫妻が仕事を投げ出して帰国するはずがないのは織り込み済みだろう。


 それにしても。


「おかしいですよね。何もかも」


 優雅な所作で紅茶を飲んでいたシエルがぽつりと感想を漏らした。


「まず一番の疑問は、使用人たちが貴族令嬢であるヘレナ様を虐待して、娼婦のコンスタンス様を優遇することです。たとえ伯爵が寵愛なさっていると言えども、妙ですよね。さきほどの秘書はご自分の爵位をかさに着ていたというのに」


「そうそう、そこなのよね…。矛盾が生じるのよ」


 没落貴族を侮るくらいなら、普通は生まれも育ちも娼婦のコンスタンス・マクニーを正妻として据えることにまず反対するのではないか。


「あの様子だと、この伯爵邸で反対する者は一人もいない。さらにヘレナをあらゆる方法で虐待することを推奨している。クラーク以外の誰か上の者の指示で」



 『あいつら…』と苛立ちを隠さなかったクラーク。



「ああ。リチャード様の乳兄弟のヒル卿がこの家の騎士団長ですが、彼も敵意むき出しだったのは初日だけで、今日は飼育小屋建てるついでに、新鮮な卵と牛乳とかを持ってきてくれて『大きくなれ』とか言っていたので、彼も除外です」


「ふうん。そうなのね」


「でも、ヒル卿も昨日のことは把握していなかったようですし、今日明日は食いつなげるけれど真冬は困るなと思案していたところに叔母さまたちが駆け付けてくださって、心から安心しました」


「ヘレナ。ここまで酷いと知っていたなら待たなかったわ。交渉を優位にするために時間を置いたけれど、そのせいで貴方はこんなに苦労していたなんて。ごめんなさい」


「いえ、私は平気です。むしろ今までより楽ですよ。クリスは叔母様に保護していただいているので、恐れることはありません」


「あー…」


 カタリナは呻いて天井を見上げた。

 そして、口の中で呪詛を小さく呟く。


 いくら呪っても呪い足りない。

 お前ら、楽に死ねると思うなよ。


 現在、夫の領地の片隅に幽閉している実兄とご学友を思い浮かべた。

 昔は二人とも令嬢たちの視線を一身に集める容姿だったが、今は見る影もない。


 ちなみにこの契約結婚のきっかけになった、家を担保にして逃げた男の死体が隣国の路地裏で見つかった。


 これで帝国学院創設以来ともてはやされた美形集団『華の七人組』で生きているのは二人だけだ。



「え…。二人?」


 今更気が付いた。


「叔母さま? どうかしましたか?」


「いえ、ちょっと別の考え事を…」


 ハンスとスワロフですらようやく四十歳。

 ろくでなし揃いだとはいえ、これは…。


 偶然なのか。

 必然なのか。


「ちょっと調べてみないといけないことに気が付いただけ。大丈夫よ」


 カタリナは頭の中でこれからすべきことを組み立て始めた。




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