まずは両家顔合わせ
リチャードが両親に呼び出され向かった先は、王宮の一角に遇された父の執務室の隣にある広い応接室だった。
「ぎりぎり間に合ったわね」
母であるマリアロッサは少し呆れた様子で息子たちを眺める。
「申し訳ありません。我々の不手際です」
後に付き従うコールが深く頭を下げ、隣に並ぶクラークとホランドもそれに倣った。
「母上。コールたちのせいではありません。私の支度が遅れました。すみませんでした。ところで、火急の用事とはいったい…」
この場へ来るよう知らされたのは今朝のこと。
珍しくコールが寝室のドアを叩いて主を起こし、王宮からの召喚を知らせた。
「もう少し早く着いていたなら詳しく説明するところだけど、時間がないの。先方はもうとっくに控室へいらしているらしいから」
馬車の中でのコールの説明はまずは両親と会ったのち、揃って王妃の元へ向かわねばならないということだ。
そのために衣装もいつもより上質なものを着せられた。
ただ支度自体はあっという間のことで、しかも側近全員が随行することとなっており、彼らの準備は既に終わっていた。
どこか不自然な様子が気になったが素直に従うと、会うなり母は『先方』と言う言葉を口にした。
「いったい、どういうことですか。私はここへ来るように今朝言われただけで…」
「コールにそうするよう私が指示したの。前もって知らせるといろいろと覆りそうだったから」
母に示された席へリチャードが腰を下ろすと、コールたちは背後に控えて立つ。
それから間もなく侍従が客人を連れてきた。
「ご無沙汰しております。お招きいただき、ありがとうございます」
現れたのは、瑪瑙色のドレスを着たすらりとした体躯の美女。
優雅にドレスをつまみ上げ深々と礼の形をとると、高く結い上げた豊かな金髪がさらりと細く長い首を包みこんだ襟から胸元へ流れ落ちる。
「お待たせしてごめんなさいね。カタリナ・ストラザーン伯爵夫人」
その後ろには飴色の髪の青年と黒髪の少年が深く頭を下げ、そして黒髪を編み込みでまとめローズマダー色のドレスを着た小柄な少女もカタリナに劣らぬ礼をしていた。
さらに後ろを見ると黒の騎士服に身を包んだ浅黒い肌の女性騎士が控えている。
「夫エドウィンがこの場へ参じることができず申し訳ありません。後ろにおりますのが息子ユースタスとクリス、そして娘のヘレナでございます」
娘のヘレナ――。
伯爵夫人は今そう言った。
リチャードは驚きに目を見開く。
「みなさん顔を上げてちょうだい。エドウィン殿からは既に書状を頂いております。とにかくこれでようやく姻戚の顔合わせが出来て嬉しいわ。ねえ貴方」
マリアロッサが傍らに立つ夫を見上げると、ベンホルムはわずかに前へ出て微笑んだ。
「カタリナ夫人とユースタス殿は王宮でよくお会いするが、私たち夫婦が外交ばかりしているせいでクリス殿とヘレナ嬢は初めてだね。私がリチャードの父、ベンホルム・ゴドリーだ。突然の呼び出しに応じてくれて感謝する」
ベンホルムの合図で侍従たちがカタリナたちを席へ案内する。
ベンホルム、マリアロッサ、リチャードと横に並び、向かいにカタリナ、ユースタス、ヘレナ、そしてクリス。
リチャードは向かいに座った少女から目を離せなかった。
カタリナの養女ヘレナだと言うなら、戸籍上の妻、ヘレナ・ゴドリー伯爵夫人であるはず。
しかし、記憶の中にある幼い娘と一致しない。
あの娘は…。
粗末な服に身を包み、ひっつめた髪はどす黒く、手もあかぎれが目立ち青白い顔をした幽霊のような姿で、ありえないことに子どもの背丈しかなかった。
顔はあまり覚えていない。
青みがかった灰色の眼がコンスタンスのサファイアのような輝きに比べると泥水にしか見えず、代理とはいえこんなまがい物しか見つからなかったのかと舌打ちをした記憶はある。
それがどうだ。
質の良い毛織物のドレスはしっくりと身体に馴染み、二つに分けて下の方にまとめられた艶やかな黒髪には小さな真珠が編み込まれ、更に耳を飾る花を模した真珠細工とともにうっすらと白い肌を照らす。
ストラザーン夫人と令息、そして挟んで座る黒髪の少年と比べるとはるかに地味で平凡さらには幼さの残る顔だが、十代後半の伯爵令嬢に今は見える。
小さな顔に小さな鼻、ちんまりとした唇。
弟に比べると華のない目元。
しかし、その瞳はアラゴナイトのように静かな水色をたたえていた。
これは、本当にあの時の娘なのか。
両親の方に顔を向け、ちらりともこちらを見ない『妻』を、リチャードはただ何度も瞬きしながら見つめ続けた。




