ベージル・ヒルの告白-1-
「席に戻りなさい、ベージル・ヒル。話はそれからよ」
ゴドリー夫妻に視線をやると、二人も頷く。
「ベージル。私たちも少しだけ貴方たちの事を把握しているけれど、それはほんのうわべだけのこと。誰にいつ尋ねるか。どうすべきか思い悩んでいたところだった。だから、どうか教えてちょうだい。何があったのかを」
マリアロッサの言葉に、ヒルは今一度深く頭を下げたのち、椅子に腰かけた。
「私は話がうまくありません。長くなりますが、聞いていただけますか」
「ええ。構わないわ。しかし王妃様はどうされますか。後程改めて私共がお話しすることもできますが」
「人払いをした時点で、こうなるのは女官たちも分かっているから大丈夫。むしろこの状態で帰れだなんて、ひどすぎない? マリアロッサ。私がもうちょっと若かったら暴れちゃうわよ」
王妃は唇を突き出し大げさに肩をすくめると、マリアロッサは苦笑した。
「まあ、たしかに。そうですわね……」
ルイズたちに何が起きたのかずっと知りたかったが、先王やダバーノン大公大公の置き土産を駆逐するのに忙しく叶わなかった。
ただでさえ、ルイズは一部の者たちに嫉妬されていた。
そのため、彼女が退職したのちは疎遠にならざるをえなかった。
そもそも二十数年前のとある事件以来、ブライトン家は凋落の一途をたどっている。
そんな力をなくしつつある家門の跡取りの新妻が平民同然の元侍女。
貴族たちは陰で嘲笑った。
ああ、これであの飛ぶ鳥を落とす勢いだったブライトンもおしまいだと。
ハンス・ブライトンを取り巻くハイエナたちはそれを機にブライトン家を訪れることもなくなったおかげで、逆に夫婦水入らずのささやかな幸せが続いていた筈だった。
なのに、娘のヘレナは父親に売り飛ばされてリチャード・ゴドリーの偽装結婚に加担させられている。
しかもそれは双剣の嫌う女が絡んでいると言うではないか。
ここで聞かずして、今宵を過ごせるはずもない。
「ああ、それと。食事の中断はしないわよ。せっかくの心づくしを無にするつもりじゃないでしょう、ベージル・ヒル?」
王妃が軽く指を鳴らすと、ヒルの手のひらが水魔法でさっと清められた。
「お気遣い……。ありがとうございます」
「ヘレナ嬢の話をするなら、なおさらのこと彼女の料理を今味わうべきよ。だから貴方もしっかり食べなさい」
格上の三人に囲まれて、重要事項を話しながら食べろとはずいぶん無茶苦茶な命令だが、ヒルは従うことにした。
「ありがたく…。努力します」
ベンホルムがあっという間に平らげた小玉ねぎのグラタンを自分も食べてみることにした。
ナイフを入れ、ひときれをフォークにさして口に入れると、玉ねぎのやわらかな甘みとスパイス、そしてチーズの香りが噛むたびに舌の上に広がっていく。
ああ、この味だ。
あの別邸で作られたバターとチーズの味がする。
ヒルはだんだんと肩の力が抜けていくのを感じた。
働き者の少女。
彼女は小さな身体でいつもくるくると独楽のように動き回っている。
朝もまだ空に星が輝いている時間にミカと起きてまずは家畜の世話をして、絞ったミルクを加工し、朝食を作って食べ終わると掃除と洗濯を始め、それが終わればさらに……。
生きることに貪欲になってしまったと笑う彼女を見ていると、次第に心が洗われていくような気がしていた。
騎士とは主や民の平和を守るために、時には他者を屠るのが仕事だ。
大義を掲げて多くのものを破壊してきた自分でも、彼女のそばにいると生きて良いのだと思わせてくれる。
子どものような小さな手は、思いのほか力強く、空を飛ぶ渡り鳥を打ち落とし、命をもらうことに躊躇うことはない。
ヘレナという少女は、ヒルの中に灯った小さなともし火のようなものとなった。
「まずは……。シエナ島へ渡った時から話したいと思います」
気が付けば、皿の上は空になっていた。
でも、身体の中がほんのり温かい。
自分は、報いることができるだろうか。
このぬくもりに。




