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残された記憶



 ヘレナの先導で人々は門を通りアプローチを歩きながらカタリナとシエルは、屋敷と周囲にざっと目を配った。


 秘書と護衛騎士、そして後に続いていた商会の従業員たちは荷馬車から持ち込んだ荷を下ろし運び始める。

 ラッセルは従業員たちに細かい指示をしたのち、ヘレナが捕獲したものすべてを回収するために屋敷内へ先に向かった。


「なるほど…」


 シエルが下唇に指先を当てて考える様子を見せた。


「色々と仕掛けが必要ですね」


 一定の距離をもって張り巡らされた柵の中は、敷地内で植物の栽培が十分なほどの広さ。

 家畜も飼わせてもらえるなら、多少の無聊は慰められるだろう。

 屋敷も頑丈な造りに見える。

 しかし先ほどのラッセルとのやり取りを思い出すにつけ、不安が多い。


「早速お願いできるかしら」


「もちろんです。そのために私は来たのですから」


 首をかしげてにこりと笑う。





「こちらへどうぞ。お茶をお出しします」


 玄関ホールへ入ってすぐの応接室の扉を開けてヘレナは入室を促す。

 しかしカタリナはそこでぴたりと足を止め、吹き抜けの窓からの光をじっと眺めた。


「ここは…」


「どうされました?」


 ヘレナが問うとカタリナは軽く頭を振って淡く微笑む。


「外観が私の記憶と少し違って見えたから気が付かなかったのだけど、昔、ここを訪れたことがあったの。内装も少し変えたようね。でもこの吹き抜けは覚えているわ」


「ここは先代のご令嬢の療養のために改装されたと聞きましたが、お知り合いだったのですか」


「ええ。ここを訪れたのは今の貴方より幼いころだったからすっかり忘れていたわ」


 煌めく瞳で柱の一つ一つまでゆっくりと愛おしそうに辿っていき、姪に視線を戻すと苦しそうに眉をひそめた。


「…いいえ違う。そうじゃない。敷地の片隅だと知った時点で気づくべきだったわ。私って自分が思うよりかなり薄情なのね。何よりも大切な時間だったのに」


「叔母様…」


 かける言葉が見つからない。

 カタリナの中に隠されていた瑕のようなものに触れた気がした。


「ごめんなさい。感傷的になって。私の過去よりもあなたの未来が大事。ここで、二年を暮らすのだから」

 

 叔母の言葉に色々気になる部分があったが、多くを尋ねるには人が多すぎた。

 一階だけ使うつもりだと前もってラッセルに伝えていたため、応接室以外は人々が右往左往して喧騒に包まれている。


「…ここは、生と死が同時に存在した場所なのですね」


 二人のそばにいたシエルが夜の青を宿した瞳を瞬かせぽつりと言う。


「あら、おわかりになるのね」


 カタリナは気持ちを切り替えようと思ったのか少しおどけた風に応えた。


 生と死?

 シエルに視線を投げかけても、優しい目で見つめ返されるだけだ。


「はい。祝福と嘆きと…。色々な感情が複雑に絡まって澱んでいたようですが…。ヘレナ様がここで過ごされることで浄化されるのではないかと」


「え? 私が?」


 名指しされてヘレナは驚く。


「私にはそんなたいそうな力はありません」


「ああ、大丈夫ですよ。なんといえば良いでしょうかね。この家はずっと寂しかったのです。そこに若いヘレナ様がいらして、家畜たちと日々の暮らしを重ねる…。そうしたら記憶がだんだんと薄れていくのですよ。良い事です」


「まるで、家が生きているような口ぶりね」


 叔母はそっと壁に手をやり、優しく撫でた。

 すると、なんとなく周囲の明るさが増したような気がする。


「ええ。そう思って頂ければ」


 サイモン・シエルは不思議な人だ。


 ゆったりとした柔らかな言葉を聞くうちに、初日にここに立った時に感じたはずの重苦しさと暗さそして寒さを、ヘレナはもう思い出せないことに気づく。


「これからしばらく、よろしくね」


 天井を見上げて囁くと、ふわりと身体が暖かくなった。




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