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ヘレナ、告白する


 客人たちの食欲がおおむね落ち着いたところで、セドナが銀のポットを運んできた。

 香ばしく濃厚なコーヒーの香りがサンルームに広がる。


「最後にコーヒーもいかがですか。ラッセル商会から良い豆を提供してもらいましたので」


 ヘレナの誘いに、みな頷いた。

 小さめの上品なカップに濃い茶褐色の液体が注がれ、深煎りされた豆特有の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。


「そのまま飲まれても美味しいですが、コーヒーの花の蜂蜜と我が家の牛のクリームも用意していますので、もしよければお試しください。おかわりもあります」


 さらには、ミカが小皿に数個小さなトリュフチョコレートを載せて配った。


「これは……。コーヒーと合うわね。最後にピリッと来るのはスパイスが入っているからかしら」


「はい。ガナッシュを作る時に生クリームとブランデーの他に黒コショウを隠し味に入れています。私はこれがとても好きで、チョコレートが手に入るとつい作りたくなるのです。素人の手作りで形がいびつなのでお出しするか迷ったのですが…」


「いえ、とても美味しいわ。癖になる味ね」


「ありがとうございます」


 マリアロッサとヘレナの会話はコーヒーの香りに乗って和やかに続く。


「これが噂の、ラッセル商会の護衛飯…」


 別テーブルに座っていた騎士の一人がぼそりと呟いた。


 騎士たちが護衛や戦闘で他領や他国へ移動する任務に当たる時、その道案内と物資調達などの役目で商会の者が同行する事もある。

 国内には色々な商会があるが、その中でも騎士たちの間で話題になるのがラッセル商会。

 そこが加わる任務は食事に外れなしで、たとえ身一つの事態に陥っても飢えに苦しむことはない。

 中にはラッセル飯に魅かれて騎士職を辞して転職した者が出たという噂があるとかないとか。


 最初は冷たく接していたと見られるホランド達が豹変し、入り浸るようになったのもうなずけると、侯爵夫人の部下たちは心の中で思った。



「本当に、どれも美味しい料理だったわ。素敵な時間をありがとう、ヘレナ嬢、そしてスミス家のみなさん」


「ありがたきお言葉、いたみいります」


 マーサ、ミカ、セドナの三人が深く腰を折り、礼をする。


「今はとても身体が軽いわ。体調が良くなったのはきっと貴方たちの心づくしを食べたおかげね」


 マリアロッサの言葉に、ヘレナは血の気が引いた。


 全く気付かなかったが、侯爵夫人は体調が悪いままここを訪れ、それにもかかわらず自分は無理に食べさせてしまったということなのか。


「ああ、誤解しないでね。身体はどこも悪くないのよ」


 ヘレナの表情に、マリアロッサは苦笑して軽く手を左右に振る。


「実を言うとね。先ほどリチャードたちのところにいた時はなんとなく…。頭が重いと言うのかしらね。妙な感じだったの。紅茶を淹れたのはウィリアムで、彼がきちんと味を確認したし、私の魔道具も全く反応を示さなかった。毒を仕込まれたわけではない。でも、何かがおかしいと…、勘のようなものが働いて、話を早々に切り上げたわけなのだけど」


 侯爵夫人はふうと、大きなため息をついた。


「ここに着いて、あのイチイの木のそばを通って…」


 彼女の瞳は大きな窓ガラスの向こうにそびえる巨樹をとらえ、そしてすっとヘレナへ戻る。


「この家の中へ通されて、まず最初にスープを頂いたでしょう。それが喉を通って身体に入ったあたりから、すうっと頭を押さえつけている何かが、消えて行ったのよ。不思議なことに」


「失礼ながら、発言してよろしいでしょうか」


 同席していた秘書官が手を挙げ、マリアロッサは許可した。


「実は、私も…。そうなのです。しかし、私はあちらで何かを口にしたわけではないので、コール殿が淹れた紅茶は関係ないかと思われるのですが」


 それでも、食事をしているうちにわずかな不調が治まったという彼に、別テーブルの侍女たちも頷く。


「そうなのですか…」


 ヘレナは首をひねる。


 自分もあの本邸には苦手意識があるが、それはぞんざいな扱いを受けたせいだと思っていた。

 そうでないならば…。


「すみません、私としては、皆様のお加減が良くなったのなら光栄だと言うしか…。そうですね。先ほどホランド卿がおっしゃったように、ここは魔導士庁の方々がよくお越しになって、色々と私が暮らしやすいよう工夫してくださっています。それらが何か効いたのかもしれません。今日はお客様がお迎えするためこちらへのお越しを遠慮していただいたのですが…」


 このようなことなら、断るのではなかったとヘレナは後悔する。


 侯爵夫人への好奇心から、ハーンたちは来たがっていたのだが、いくらなんでも不敬に当たるし、勝手に客人を大勢上げているのを不快に思われることを危惧したのだが、ライアンが彼らとの交友をあっさり暴露してしまった。


 もう少し、信頼関係を得るまで伏せておきたかったが仕方がない。



「スープ一口でと仰るならば、考えられるのは材料のミルクと生クリームですね。あの、裏口の飼育小屋にいる牛の乳が原料でして。ええと…。色々と。いろいろ交配された、特別な牛だと。魔導士庁のみなさんが」



 魔改造牛の乳を使ったことを、ヘレナは告白した。




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【@aogamure】
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― 新着の感想 ―
[一言] 何か呪いとか呪術関係でしょうか!?
2023/09/24 06:31 退会済み
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